「フクシマの視点」

「半径20km以内」の医師は今

崩壊寸前「浜通りの医療」支える71歳の奮闘

  • 藍原 寛子

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2011年8月24日(水)

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 福島市から国道4号を南へ、二本松市を抜けて大玉村の山すその道を車で50分。目的地への表示板もない道筋を、途中で何度も迷いながら、コンビニで会った地元の人に案内してもらって、ようやく目的地にたどり着いた。

 大玉村玉井の仮設住宅。敷地内の集会所を使った仮診療所に、白衣の「その人」はいた。

 「双葉郡医師会 会長 井坂 晶(いさか・あきら)」。

 名刺の医師会の事務局住所は、東電の福島第一原発から半径20km以内の警戒区域で、立ち入りが禁止されている双葉郡双葉町のままだ。

週1回、マイカーを駆って通勤

 この日は、ちょうど震災から5カ月経った8月11日だった。午後2時46分、仮診療所では看護師らが正座し、原発があり、津波が押し寄せた海岸側の東方面に向かって静かに手を合わせた。

 「3・11から、時計が、時間が止まったままなんだよね。そう、一切、すべて。9月11日が来たら、もう半年、もう半年ですよ」。

 富岡町中心部の診療所「富岡中央医院」の院長でもある井坂医師は、診療中に震災に遭った。現在、71歳。震災前まではまさに診療所という「一国一城の主」でもあり、地域医療を束ねる医師会長だったが、震災で診療所は大きく損壊し、放射能の影響で戻ることもままならなくなった。

 現在は、郡山市内の病院の勤務医として働き、週1回は富岡町の住民が暮らす大玉村のこの仮診療所までマイカーを駆って通勤、診療をしている。原発立地地域で地域医療を続けてきた医師として、地域を離れて避難生活を送りながら、それでも富岡町の人々の診療を続ける井坂医師。今、何を見て、何を感じているのだろうか。

大玉村の仮設住宅集会所の仮診療所で診察する井坂医師

 「すべての『傷み』が、風化しつつある。風化しながらも、修正もできない。傷みは、病院の建物だけでなく、人々が受けた『痛み』までも修正できずに、より深刻になっている」。“復興”とか“復旧”とはまるで無縁の言葉が飛び出した。

 井坂医師はほかの富岡町の住民同様に避難所を転々とし、避難先で診療を続けている。3月11日に富岡町を出て川内村へ。その後郡山市の避難所となった「ビッグパレットふくしま」で診療に当たった。当時、ビッグパレットを訪問した県保険医協会の担当者に対して井坂医師は「突然の原発事故で避難を余儀なくされ無念。思い出すと涙が出てくるので、ここでの診療と対応に力を入れている」と心情を吐露した。無我夢中の日々だった。

 「前のようには戻りにくいだろうね。特に若い人は。避難先で生計を立て始めている人も多いし。警戒区域が解除になっても、双葉郡には年寄りしか戻らない、高齢化した町村になってしまうだろう」。既に双葉郡の医師会会員の中にも、避難先で病院勤務のアルバイトをしたり、県外避難で退会する人もいて、それぞれの生活が始まっている。

 「前のようには戻れない」「風化しつつ修正もできない傷み」。

 その言葉に沿うように8月20日、政府は、原発事故の影響で高濃度の放射性物質に汚染された周辺地域について、警戒区域を解除せず立ち入り禁止を継続する方針で、「菅首相が避難の長期化を陳謝する方向で検討」と発表。一部地域の住民は、ついに、長期間戻れない事態を明確に覚悟しなければならなくなった。

医療より、まず地域が存続できるのか

 この震災によって、双葉地区の医師数は激減した。日本医師会の調査によると、震災後の福島県内の日本医師会の会員数(7月現在)は、県内で50人減少し、2608人になった。県内では、震災前からざっと医師が140人、看護師も400人(あるいはそれ以上)が不足していると言われていたが、震災の影響で、県内の医師会員は1〜2%流出したことになる。減少数を地域別にみると、相馬郡15人、郡山12人、白河6人、双葉郡5人、と相双地区で激減した。

 この傾向は、県が今月実施した県内の病院に勤務する常勤医師数調査でも顕著で、震災が原因で県外に出た医師は30人で、相双地区で44人が減少したことが分かった。原発から60〜80kmの距離で、県内の地域医療をバックアップする総合病院が集中する郡山市でも15人の常勤医師が減少。緊急時避難準備区域の南相馬市の4病院では、常勤医が震災前の3分の2、看護師が半分以下に減少するなど、特に浜通りの医療が懸念される事態になっている。

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