世はランニングブームだ。今年2月に行われた東京マラソンには定員の10倍の33万人が応募。また皇居の周囲を走る人も増え、界隈の銭湯ではランナー向けのロッカーを用意するなど、風呂を浴びる以外のサービスの充実に力を入れているという。
深夜、イヤホンを耳に突っ込み、音楽を聴きつつタッタカ走っている姿を街中で見かけるのも最近では珍しくないほど、走りに魅惑されている人は多い。
しかしながら走ることで健康になるどころか膝、アキレス腱、ふくらはぎの故障を訴えるランナーも続出している。
人体は走ることに適していないのか?
本書の著者もまた怪我に悩まされていた。
バスケットを止めてマラソンを始めてのち、3キロから5キロを1日おきに、しかも大抵は土の道を走っているにもかかわらず〈ハムストリングの断裂(2回)、アキレス腱の損傷(たびたび)、足首の捻挫(両足を交互に)、土踏まずの痛み(再三再四)〉に苦しむようになった。
これほど頻繁に怪我をするとは、よほど走り方が下手なのか? そうではない。米国整形外科医会はランニングについてこう結論づけている。「膝の健康に対するとてつもない脅威」と。つまり、走ることと負傷は不可分であり〈むしろ負傷しないランナーのほうが突然変異なのだ〉。
〈いまではソールにベッドのようは鋼のスプリングを埋め込んだランニングシューズや、マイクロチップでクッションを調節するアディダスを買うこともできるのに、負傷率はこの三〇年間に少しも下がっていない。(中略)アキレス腱断裂の症例は一〇パーセント増加している〉
しかも〈ストレッチをしたランナーは、けがをする確率が三三パーセントも高いことが判明している〉と予防もかなわぬというのだ。
では、合理的な正しい走り方を身につければ、負傷は抑えられるか。著者はバイオメカニクスの専門家に正しい走法について尋ねてみたところ、こう返された。「それは永遠の問いです」。
米国のスポーツ科学の見解からすれば、人体は走ることに適しておらず、それでもなお走り続けるとは、悪習に馴染むにも似たものだというのだ。
しかし、著者はこう考える。
〈なぜ地球上に暮らすわれわれ以外の哺乳類は、脚を頼りにできるのだろうか?〉
たしかに走るたびに足を挫く犬や膝を痛める馬を見たことがない。走るとは、〈人類のもっとも初歩的で最大のサバイバルスキル〉であるはずだ。
その能力が発揮されないのはなぜなのか? すべての人はBORN TO RUN、走るために生まれたのではないのか?
著者のこの問いに基づく探求は、メキシコのタラウマラ族に関する記事を偶然目にしたことから本格的に始まる。
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