「フクシマの視点」

器にできなくなった「祖父の土」

浪江町の「大堀相馬焼」、神奈川で再起目指す

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2011年10月12日(水)

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 「『震災後、避難所でプラスチック容器のお弁当ばかり食べていましたが、久しぶりに亀田さんの器(うつわ)でご飯を食べて、震災前の食卓に戻れるような気持ちになりました』。お客さんにこう言ってもらいました。器って、普段の時だけじゃなくて、こういう時にも、何か大きな力を持っているんですね」。

 「青いひび割れに走り駒、二重焼き」で知られる浪江町の「大堀相馬焼」。350年以上の歴史を誇る国の伝統的工芸品だ。今回の震災と原発事故後、同町にあった窯元は、県内外に避難した。その窯元の一つ、原発から約9キロにある松助窯も、地震と放射能汚染で大きな影響を受けた。

秦野市の窯で初めて焼いた作品を前に、亀田さん(左)と文さん。右奥は新しい窯
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 4代目当主の亀田大介さん(36)は現在、妻で陶芸家の文さん(37)や2人の子どもとともに、文さんの実家のある神奈川県秦野(はだの)市に避難し、新しい工房と窯(かま)を開いた。10月7日、新しい窯で焼いた初めての作品が誕生した。

 「買いやすい値段で、普段使いの大堀相馬焼」。そこには家族で食卓を囲む日常の風景があった。ところが、今までの「日常」は、震災と原発事故で大きく変わり、松助窯も、登り窯や作品が壊れ、大損害を被った。

 亀田さんは「栗原はるみが選ぶ 私の好きなうつわ展」で優秀賞、福島県総合美術展や河北工芸展で大賞、日展や朝日陶芸展、日本現代工芸美術展でも入賞。白磁を中心に創作作品を発表し、若手の大堀相馬焼作家として活躍している。

 震災後、「作り続けることで、多くの人に恩返しがしたい」と、亀田さんは奮起し、新作に取りかかった。10月11日から、都内の「トライギャラリー おちゃのみず」で、やはり震災の影響を受けた笠間市の陶芸家・稲吉善光さんとの2人展が始まった(10月17日まで)。

 被災地や避難先でも、食卓を囲むひと時が豊かになるよう、多くの人たちに「器の力」を届けたい――。新天地で本格的に活動を再開した亀田さんの工房を訪ねた。

震災当日、家族は離れ離れのまま避難

 震災の当日、亀田さんは、前日から開幕していた千葉県船橋市での個展出席のため、都内に出ていた。知人の陶芸家が個展を開催していた鎌倉市に立ち寄り、船橋市に向かうところで震災に遭った。

 「車に乗っていて最初は揺れを感じませんでしたが、突然、道路に、わっと人が出てきて、すぐに停電で信号が消えました。ラジオのニュースで『震源は宮城県沖』と聞いて、『これだけ大変な津波なら、原発はアウトだ』と。家族に連絡を取りましたが、電話が通じず、メールでようやく『取りあえず原発から離れて距離を取ってくれ』と連絡できました」。

 一方で、浪江町にいた文さんと子どもたち、母親や親せきも大変な状況だった。地震の時は「器が棚から落ちるというより、器が横に飛んできた感じ」(文さん)という。先代から継いだ登り窯、穴窯、ガス窯のうち、登り窯は特に影響が大きく、ほぼ全壊。多数の作品が割れた。余震が続いて、家の中にいるのは危険と判断して、その夜は車内で身を寄せ合って一晩を過ごしたという。

 翌12日の朝には福島第一原発が爆発するかもしれないという状況で、避難指示とともに浪江津島地区に避難。その後、三春町の親族の知り合いのアパートに入って一息つくことができた。

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著者プロフィール

藍原 寛子(あいはら・ひろこ)

藍原 寛子フリーランスの医療ジャーナリスト。福島県福島市生まれ。福島民友新聞社で取材記者兼デスクをした後、国会議員公設秘書を経て、現在、取材活動をしている。米国マイアミ大学メディカルスクール客員研究員として米国の移植医療を学んだ後、フィリピン大学哲学科客員研究員、アテネオ・デ・マニラ大学フィリピン文化研究所客員研究員として、フィリピンの臓器売買のブローケージシステムを調査した。現在は福島を拠点に、東日本大震災を取材、報道している。フルブライター、東京大学医療政策人材養成講座4期生、日本医学ジャーナリスト協会員。



このコラムについて

フクシマの視点

東日本大震災は、多数の人命を奪い、社会資本、自然環境を破壊したが、同時に市民社会、環境、教育、経済、政治や行政など、各分野に巨大なパラダイム・シフトを起こしている。我が国はどのような社会を志向していこうとしているのか。また志向していくべきなのか。「原発震災」で、社会の姿が大きく変わりつつある福島、震災のフロントラインで生きる人々の姿から、私たちの社会のありようをグローカル(グローバル+ローカル)な視点で考える。

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