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Vol.35 自分を表現したい人には、俳句は向いてないんじゃない?

どんなに素敵な「自我」を抱えていたとしても

  • 千野 帽子,堀本 裕樹

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2011年10月14日(金)

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 秋の寒さ--未だ本格化してないけどちょっと寒い--をあらわす季語に「やや寒」「うそ寒」があります。略語ですかぁ? と突っ込みたくなる言葉ですね。

 そんな時季、堀やん先生の「17音+3」(詳細はこちら)は24日まで、その週末の29日には東京マッハVol.2「あさがや国内ファンタスティック俳句祭」が行われますよ!!

マッハ15.無限の言葉とちっぽけな自分とのあいだにある「思いこみ」という壁。

 日直のボウシータです。

 前回、2009年と2011年におこなった大学生向け俳句ワークショップで初心者が初めて句を作る前にやった「マッハ式選句ゲーム」を紹介した。そのときに、

 これが効くのはズブの初心者にたいしてだけである。何年もやってるのに俳句がダメな人には、残念だからつける薬はない。

と書いた。なぜか。

 「俳句ってこういうものだ」というガンコな汚れがその人たちの句歴の長さに比例してこびりついているからだ。この人たちがイケてないのは、「俳句とは詩歌である」という国語の授業的な思いこみを訂正されぬままきちゃったからだ。詩歌ならなにかを「表現」する「芸術」であり、しかも俳句が近代文学である以上「表現」の対象となる「なにか」とはしばしば「自己」だったりする。だから、

「こんな私をわかってもらう」

ための手段として俳句をとらえている。俳句教室や同人誌にはそういう人たちが集まるから、その根本的な勘違いを修正される機会がない。当然、自分の俳句を読んでほしいだけで、他人の俳句をちゃんと読む気がない。

 句会というものは本来、システムの原理からいけばおもしろいものになるしかないのだが、じっさいにはこういう人がいるだけでひどくつまらなくなってしまう。なぜなら、

面白いことは私と他人とが、「私」同士として振る舞えるようなつきあい方というふうに考えることができる。〔…〕「私」と他人とがヒト同士としてたがいに「私」になりあうような関係。これが「面白いこと」の約束事や規則の原理である。〔…〕この場合には、他人が「私」になることを認めなければならない。〔福田定良『〈面白さ〉の哲学』平凡社選書〕

「私の俳句を読んでほしい」「句会で他人がどんな句を出してるかなんて知らない」という人ほど、〈他人が「私」になることを認め〉ていない、という感じがする。

 また多くの人は俳句ってなにかを「表現」する「芸術」だと思いこんでるから、作者である自分の意図を言葉の木目より大事にする。

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