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国の掟は支配者が勝手に定めたもの

抵抗する[2]――正義について考える【26】

2011年10月13日(木)

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ルクレティウス

 プロメテウスはこのように、神でありながら、神を憎む者、暴君の支配に抵抗する者の象徴となった。プロメテウスはたとえ相手が偉大なゼウスであろうとも、その権力を振るって抑圧するときには、それに激しく抵抗することが正義であることを主張したのだった。

 ただしプロメテウスは神の仲間であって、真の意味での人間ではない。ギリシアの時代において、そのような意味で神を憎み、抵抗することを教えた人物はいないように思える。しかし後になって、ギリシアの時代にそうした人物がいたと考える詩人が登場する。ルクレティウスである。

 ルクレティウスはエピクロス派の哲学者であり、詩人である。彼の『物の本質について』はエピクロスの哲学で後世に伝えられなかった理論を伝える貴重な書物である。たとえばアトムが落下する時に、垂直から少しずれるという理論は、エピクロスの文章には残っておらず、ルクレティウスが伝えたものである。

 この書物の中でルクレティウスはエピクロスをギリシアの時代において、真の意味で神を憎み、宗教を否定した人物として描いた。ルクレティウスはエピクロスのことを「恐ろしい形相をして上方から人間を脅しつつ、天空の所々に首を見せていた重苦しい宗教の下に圧迫されて、人間の生活が、誰の目にも明らかに、見苦しくも地上を腹ばっていた時に、死すべき一介の人間が、不敵にもこれ反抗して、目を上げた。彼こそは、これに反抗した最初の人である」[1]と称える。

 エピクロスは神を否定したのではない。神々は、「一切の苦痛もなければ、危険もなく、それ自身の力をもって力強く、われわれをまったく必要とせず、功労に左右され[て恩寵を垂れ]ることもなく、また怒りにも動かされない」[2]とルクレティウスがいうとおりである。エピクロスは神々は人間とは無縁な「中間世界」(メソコスミア)に住んでいて、人間のことなど気にもせず、人間の祈りにも、悪行にも影響されないと考えていた。

 しかしルクレティウスは、「神々のことを語る神話も、雷光も、脅迫の雷鳴をもってする天空も、彼をおさえつけるわけにはゆかず、むしろかえって、彼の精神の烈々たる気迫をますます掻き立てることになり」、エピクロスは世界のすべてについて、神という説明原理なしで理解できる理論を提起したと高く評価する。「このために宗教の方がおさえつけられ、足の下にふみにじられてしまい、勝利はわれわれを天と対等なものとしてくるにいたった」[3]という。

 ギリシアには星辰を神聖なものと考える伝統があり、月から上の天体は神々の住家であるというのが、ギリシアの基本的な考え方だった。プラトンからアリストテレスまで、誰もがそう考えていたのである。エピクロスがこの伝統を初めて打破したこと、神々を不要なものとしたことはたしかである。その背後に神への憎悪があったとは思えないとしてもである。

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「国の掟は支配者が勝手に定めたもの」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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名和 利男 サイバーディフェンス研究所上級分析官