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「かわいいー」という同調圧力と日本の言論

2011年10月14日(金)

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 荒川の下流域にアザラシが迷いこんだようで、民放各局の情報番組は、早速、現地に取材スタッフを派遣している。

 面白いのは、各番組が、当初、このニュースを
「タマちゃん再登場か」
 という言い方で伝えていたことだ。
 タマちゃんの帰還。長いお別れ。かくも長き不在。あの夏のタマちゃん――なつかしい名前だ。

 もちろん、タマちゃんが帰ってくることは、現実的に考えて、あり得ない展開だ。
 6年前に姿を消したあの皮膚病だらけの弱ったアザラシが、東京湾の川に戻ってくるのだとしたら、桂浜には坂本龍馬が戻ってくるだろう。それほど荒唐無稽な話だ。それに、映像をひと目見れば一目瞭然だが、あれはタマちゃんではない。今回のアイツはずっと小さい。

 なのに、テレビの中の人たちは、あくまでも
「タマちゃん出現か?」
 という前提で取材を開始したふうを装っている。
 なぜか。

 たぶん、そう言った方が盛り上がると考えたからだ。
 番組制作者は、視聴者に「タマちゃん」を思い出してほしかったのだ。
 で、今回登場した新人のアザラシ君にも、あの当時のタマちゃんと同じような役割を期待している。毎日新鮮な話題を供給し続ける万能のタレント。夢よもう一度、だ。だから彼らは、流行った映画の続編を撮るみたいな調子で、タマちゃんの後継者を育成するべく、世間を煽りにかかっているのである。

 放送された内容をまとめると、ストーリーはこんなぐあいになる。

1. ある日、番組に荒川の秋ヶ瀬橋付近でタマちゃんが帰ってきたという情報が寄せられた。
2. 早速、取材班は現地に向かった。
3. タマちゃんらしきアザラシの姿が目撃された河川敷の周辺には、人だかりができている。
4. 謎の生物を見たという釣り人やアマチュアカメラマンにインタビューを試みる。
5. 何人かが「タマちゃん」に言及している。
6. 取材班はついに一人のカメラマンが撮影したという謎の生物の映像を入手することに成功。ここでCM。
7. 番組スタッフは映像を持って専門家に分析と鑑定を依頼。
8. 専門家の意見では「タマちゃんである可能性は低い」とのこと。大きさも顔も違う。種類もおそらく別。突然CM。
9. 初登場以来、「アラちゃん」(仮名)の目撃情報は途絶えている。
10. われわれ取材班は、今後も現地にとどまって監視を続行する所存である。それではスタジオに返します。

 無論のこと、取材の順序は上の通りではない。
 上記の内容は、視聴者にわかりやすいように並べ変えた、放送用のお話だ。
 本当は、こんな感じだったはずだ(と思う)。

「ん? アザラシの写真と動画? よし、ソッコーで買い取れ。買い占めろ。現金だ現金。経費はケチるな」
「ヤマダは動画入りのiPad持って専門家のインタビューとってこい。そこいらへんの水族館でオッケーだから」
「ん? タマちゃんじゃないことは専門家でなくてもわかるって? バカかお前は。タマちゃんで視聴者引っ張らないで何で引っ張るんだ?」

「それから川っぷちに行く組は現地の釣り人の声集めとけよ。どうせ爺さんだらけだろうけど、なるべくトーンの良い若いヤツと女子供優先でな。おばさんはダメだぞ。直前になって顔出しNGとか言い出すから」
「ヤマシタは近くの近所の保育園に交渉して、ガキどもが動員できるようなら手当しておけ。いいか、アザラシが顔出さない時のために、園児が水面に向かって名前を呼びかける絵をおさえておくんだぞ。名前? 《アラちゃん》でいいんじゃないか? どうせそんなとこだろ」
「それから、ヤマナカ以下C班のバイト連中は、志木の市役所に住民票を出す予定があるのかどうか、各自持ち回りで何回か問い合わせしとくように。後々のこともあるから、しつこく食い下がっとけよ」

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「「かわいいー」という同調圧力と日本の言論」の著者

小田嶋 隆

小田嶋 隆(おだじま・たかし)

コラムニスト

1956年生まれ。東京・赤羽出身。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。1年ほどで退社後、紆余曲折を経てテクニカルライターとなり、現在はひきこもり系コラムニストとして活躍中。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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檜山 敦 東京大学先端科学技術研究センター 講師