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言語学者曰く「あなたの『恋愛』は、あなただけのもの」

『国語学原論』時枝誠記著

2011年10月26日(水)

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言葉が思考を縛る、だから言葉を考える

絵を描く。
筆に水彩絵の具をたっぷり含ませて。
あるいは、ひとかけらのパステルをつまんで。
それとも、細く尖らせた色鉛筆をギュッと握って……。
手にする画材によって、描き出される絵は異なったものになる。
表現の材料が、表現の仕方や内容を決めてしまうところがあるから。

ものごとを考えるとき、ぼくたちは主に言葉を、画材のように用いている。
そして、まさにそのように、ぼくらが思い描くことは、言葉によって決められてしまう面があるだろう。

だから、自分の頭でものを考えるためには、ふだん無意識に使っている言葉がいったいどれほど自分の考えを縛っているのかを自覚しなければいけない……思想家の多くが言葉について強い関心を持ち深く考え続けるのは、そう思うからだろうか。

日本語には、さまざまな文法論がある

言葉には法則性がある。
もちろん日本語にもある。
ところがその日本語の法則、つまり文法を理解したり体系化したりするのは、簡単ではないらしい。日本語文法の理論や体系は研究者によってずいぶん異なっていて、それぞれ提唱する文法学者の名を冠して「山田文法」「橋本文法」などと呼ばれている。「ただひとつの正しい日本語文法論」なんて、ない。

ぼくらが中学校の国語の授業で教わった文法も、数ある文法論のうちのひとつに過ぎない。それは「学校文法」と呼ばれる文法論で、橋本文法に強い影響を受けている。たとえば教室では、文をいくつもの文節に分ける課題が与えられたと思うが、このような分析のしかたは橋本文法の特徴だ。

「さまざまな文法理論がある」と知ったのは高校生のころ、三浦つとむや吉本隆明の本を読んだときだった。まともに理解できていなかったけれど、彼らが時枝誠記(ときえだもとき)の文法論を高く評価して、自己の思想の土台にしていることはわかった。
大学に入って文学の講義に出席すると、その先生もまた「自分は時枝誠記の言語理論に依拠している」と話していた。
「日本の理論家は、みんな、時枝誠記を自己の思想のベースにするのかな」と思ったりした。
はっきりとは覚えていないけれど、1970年代末になるまでソシュール言語学には「ブーム」というほどの勢いはなかったと思う。そして言語学なら、むしろ時枝誠記のそれのほうが「思想の基本」とされることが多かったような気がする。ぼくの周辺では、たまたま、ということかもしれないが。

自分が生きているこの現実から始める

時枝誠記(1900-1967)は、「時枝文法」と呼ばれる日本語の文法体系を作り上げた言語学者だ。
彼はこの世代の言語学者には珍しく、自分の学問を口語の研究から始めたという。そして、日本の学者の多くが西洋直輸入の学問やその方法をコピーしていた時代にあってそのような状況を批判し、江戸時代の国学者・鈴木朖(すずきあきら、本居宣長の弟子)の仕事に注目し学んでいる(後で述べるように、時枝の言語学の特徴は「自分自身が生きている現実から出発する」ことだ。上に挙げた「変わっている点」も、時枝の同じ姿勢の現れなのだろう)。
そんな時枝誠記の主著は、1941年に出版された『国語学原論』だ。

大学の図書館か地元の図書館かは忘れたが、ぼくは『国語学原論』とその続篇を借りてきた。古くて大きな(と感じられた)、旧仮名遣いの本だった。

日本語を使って、どのようにものを考えているか?

時枝誠記の言語研究の第一歩は、「実際のところ、われわれは日本語を使って、どのようにものごとを考えているか」という問いだ。
では、時枝といっしょに考えてみよう、ぼくたちは日本語を使って、どんなふうに考えているのだろう。

時枝は言う、ものを考えているとき、きみは頭の中に、たとえば「犬」や「花」など、客体的なものを思い浮かべているだろう。
しかも、それらはただ乱雑に散らばっているわけではない。それらひとつひとつについて、きみの判断や感情など主観的な思いが付け加えられて、統一性があるはずだ。

そのように「客体+主観」でできているのだ、われわれの思考は。

現実的な我々の思想は、常に、意識に現れる客体的な表象或は概念と同時に、それらに対する判断、感情、欲求、願望等の如き自我の活動を伴うものであって、両者を合体して始めて思想となるのである。

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