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マンボウ先生が残していったもの

2011年11月4日(金)

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 北杜夫さんが亡くなった。

 今年にはいってから、にわかに訃報が増えた気がしているのは、つまり、私がそういう年齢に立ち至ったということなのだと思う。五十代も半ばを過ぎると、前半生に影響をもたらした人々が次々と死期を迎える。今後は、親しく付き合いのあった人間の訃報が続き、最終的には自分が訃報の発行元になるはずだ。これから先の順番はまだわからない。エクセルで表を作っておくべきなのだろう。で、死んだ友人の欄には星のマークを書き込む。何人かとは、先に死んだ者がいくばくかの遺産を残す約束をしておくのが良いかもしれない。そうしておけば、互いの死を必要以上に悲しまずに済む。と、壁に貼った生存表が星で一杯になる頃、私はちょっとした資産家になっている。それが果たしてハッピーな結末であるのかどうかは、必ずしもはっきりしないが。

 私が北杜夫(以下敬称略)の読者だったのは、主に中学生の頃だ。それ以前も以後も、あまり読んだ記憶がない。

 影響は非常に大きかった。中学校に通っていた3年の間、私は北杜夫の作品を耽読し、文体を模倣し、世界を眺める時の視点の置き方を、いつも微妙にドクトルの方向にシフトさせていた。その3年間の、いま思えば異質な期間が、私の性格のうちにあるどことなく人工的な部分を形成している。後天的に獲得する個性があるのだとすれば、それは12歳から15歳ぐらいの間に身に付けた部分に限られるはずだ。15歳を過ぎると、読書経験は、知識や情報をもたらすことはあっても、人格を変えるまでには至らない。その意味で、中学生の頃に出会ったあれこれは、人でも、音楽でも、小説でも、後の人生を変えてしまう力を持っている。不思議なめぐりあわせだ。

 はじめて読んだのは、『どくとるマンボウ航海記』だった。なぜそれを選んだのかはよく覚えていない。タイトルに惹かれたのか、でなければ、同じクラスの誰かにすすめられたからだと思う。当時、『どくとるマンボウ』のシリーズは、気軽な読み物として人気を集めていた。だから、ちょっと背伸びしている組の生徒は、その文庫本を教室に持ち込んでいた。

 私には、内容がどうこうよりも、教室で文庫本を読むというそのスタイルが、なんだか垢抜けて見えて、それでとにかくこのモノを入手せねばならないと考えたのだ。

 『どくとるマンボウ航海記』を読むまで、私は、まとまった読書経験を持ったことのない子供だった。いくつかの絵本と恐竜モノの図鑑類を除けば、シャーロック・ホームズシリーズの子供向けダイジェストと漫画雑誌の読み物ページにあった不良番長ストーリーが、私の読書のすべてだった。だから、はじめて読んだこの文庫本は、後の人格形成に巨大な影響を与えることになる。

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「小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 ~世間に転がる意味不明」のバックナンバー

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「マンボウ先生が残していったもの」の著者

小田嶋 隆

小田嶋 隆(おだじま・たかし)

コラムニスト

1956年生まれ。東京・赤羽出身。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。1年ほどで退社後、紆余曲折を経てテクニカルライターとなり、現在はひきこもり系コラムニストとして活躍中。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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