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生命を捨て信仰を守る思想の確立

抵抗する[5]――正義について考える【29】

2011年11月10日(木)

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ガリラヤの叛乱

 ユダヤ人の国家が捕囚から解放され、神殿を再建し、ユダヤ教の体系を構築し、みずからのアイデンティティをユダヤ教のもとにみいだすようになったときには、バビロンの川のほとりで嘆いていたときとは異なる問題が発生したということである。ユダヤ教の教義が純粋に確立されたことによって、現状にたいするまなざしが鋭くなる。そして自分たちは神の民なのか、ローマ帝国に付属する一つの国にすぎないのかという問いが厳しく問われるようになる。

 ラビたちが門の黄金の鷲の像を破壊せよと唆したのは、その問題を鋭く問い掛けるためである。若者たちは斧で黄金の鷲を破壊し始めると、王の警護隊員たちが彼らを捕らえ、王のもとに連れてゆく。王が誰が命じたのかと尋ねると、若者たちは「律法です」[1]と答える。王はローマ帝国への反逆の行為を烈火のごとく怒り、「神を冒涜する者、律法を口実にしてもっと大きなことをしようと画策している者」[2]と断じて、ラビたちとともに火あぶりにしてしまう。

 しかし若者たちをけしかけるラビたちは次々と登場する。ヘロデ王の死後、ユダヤがローマの属州になった頃、ユダスというラビが登場して、ガリラヤの人々を扇動して、叛乱へと導いた。ユダスは人々をこう非難したのである。「おまえたちは、ローマ人たちに貢ぎを納めている。おまえは(生ける)神を(真の主人として)もちながら、死すべきローマ人たちを主人としている」[3]と。

 イエスはこの挑発にたいして、「カエサルのものはカエサルへ」と答えて身を躱(かわ)したのだが、ガリラヤの人々はこの非難に反論できずに、叛乱を起こしたのだった。ユダヤ教の教えでは、ヤーヴェの神以外の誰も祭ってはならず、頭を下げてはならず、服従してはならず、主人としてはならないというのは、論理的には逃れようのない教えだからである。

ガイウスの像

 この「誰が主人なのか」という問いを、ユダヤ人たちにもっとも鮮明な形で提起したのが、ローマ皇帝のガイウスだった。ガイウスは、カリグラとあだ名で呼ばれた皇帝だが、その残虐さでは有名だった。映画『カリギュラ』はその一端を伝えている。ガイウスは自分の肖像をエレサレムの神殿の聖所に立てよと命じて、総督のペトロニウスを軍団とともにエルサレムに送り込んだのである。 そして「もしユダヤ人たちが受け入れないなら、妨害する者たちを殺し、残りの国民すべてを奴隷に売り飛ばすように命じた」[4]のだった。

 ローマ皇帝の像を聖所に飾るということは、ユダヤ人の神を正面から否定するということだった。ユダヤ人たちがこれを拒むと、ペトロニウスは他のすべての民族は「それぞれの町で彼等の神々の像と一緒にカイサルの像を立てているのに、おまえたちだけがこの慣習に反するのは、ほとんど叛乱に等しい侮辱である」[5]と、ローマ人としては常識的な非難をする。ヘレニズムの諸国ではローマ皇帝を神格化するのが通例だったからだ。

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「生命を捨て信仰を守る思想の確立」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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