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その日、ブタは真珠に歓喜する

『聖なるもの』オットー著

2011年11月24日(木)

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川辺の草、水の音

夕暮れが近かった。
家のそばを流れる小さな川へ行き、橋の欄干に体を預けて、緩やかに流れる水面を見下ろしていた。
岸辺の草は弧を描いてその先をわずかに水面に差し入れ、流れに引かれて身を傾けている。ときおり吹く風が葉先を水面から引き離すけれど、葉は軽く揺れるとすぐに元の位置、元の姿勢に戻る。そしてまた風が吹き……この果てのない繰り返しから、なぜか目をそらすことができない。

どれほどの時間が経ったのだろう。
周囲の空気が薄墨色に染まり始めた。
水も草も岸辺もしだいに色彩を失い、それぞれの輪郭をぼやけさせていく。

揺れ続ける草の印象が招き寄せたのだろうか、タルコフスキーの映画「惑星ソラリス」の一場面が記憶の底から浮かび上がり、バッハのコラール「われ汝に呼ばわる、主イエス・キリストよ」が、意識の内側で、遠く、静かに流れだした。

すると、ぼくの頭の中でぐるぐると巡り続けていた言葉たち、それまでずっとぼくを苛立たせ、気落ちさせていたつまらない言葉の群れが、不意に口をつぐんだ。
そして、高く軽やかな水音が川面から立ちのぼってきた。いや、そうではない、前から耳に届いていた音に、ぼくが気づかずにいただけだ。

水音はたちまち周囲に広がり充ちて、しだいにぼくの意識の中にまで浸透し始め、ついには内も外もなくなってしまった。
ああっと思った。
しかし声を発するとバランス(とは、いったい何のバランスだったのだろう)が崩れてしまいそうだから、口を開いたりはしない……。

あの夕暮れにぼくが受け取っていた「感じ」、胸の中に充ちてきた「何か」。
もしもそれらを言い表そうとしていたら、そのときぼくは、どんな言葉を口にすることができただろう。

聖なるもの、ヌミノーゼ

ドイツの宗教学者ルードルフ・オットー(1869-1937)は、言葉では言い表しにくい宗教経験について、一冊の素晴らしい本を書いた。1917年のこと、本のタイトルは『聖なるもの』。人々が宗教的な経験をしたときに心に感じ取るものを、オットーは「聖なるもの」と呼んでいるのである。

思い出してほしい、宗教的な経験をして「聖なるもの」に触れたときに自分が抱いたその「感じ」を。そこには、言葉では言い表せない、得体の知れない要素が含まれていただろう。

心を静めて境内に歩を進めるとき、ぼくらが厳粛な表情で受け止める「何か」。
古い教会の席について目を閉じ、オルガンの演奏を聴いているうち、満ちてくる潮のようにぼくらを浸していく「何か」。
あらゆる宗教体験の核にあるという、われわれを戦慄させるこの神秘。聖なるものの非合理的な面。
オットーは、これを「ヌミノーゼ」と名付けている(「ヌミノーゼ」は、ラテン語の「ヌーメン=神霊」からの造語である)。

「ヌミノーゼ」とは何か。それを言葉で理解することは難しいが、ぼくらは自分自身の経験によって、おそらく既によく知っているだろう。

聖書を「霊のうちに」読む者がいれば、たとえ本人がヌミノーゼという概念も名称も知らなくとも、また自分の感情を分析したり、自分の感情からあのヌーメン的特質を取り出してはっきり説明ができるような力量がなくても、その人はヌミノーゼのなかに生きている。

言葉では言えないものを語る方法

「ヌミノーゼ」という神秘について、オットーはどのようにして語ろうというのだろう。

概念(「概念」とは、「……とは何か?」という問いの答えにあたるもののことだ)を明確にしないまま考察を進めても、思考の輪郭はぼやけたままで、どれほど考えようと、きちんとわかった気にはなれない。だからオットーは、まず「ヌミノーゼ」概念を明確に規定することから始める……のだろうか。

いや、オットーはそのようなことはしない。いくら「ヌミノーゼ」概念を明確にしようと努めても無駄なことだから。というのは、そもそも彼は、非合理的なもの、言葉では言えないものを「ヌミノーゼ」と呼ぶのだから。

ヌミノーゼとは、それ自体が非合理的なもの、つまり概念としては説明できないものである。

では、説明できない概念をもとに、どのようにして考察を進めると言うのか。

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ちょこっと涙が出ました。(2011/11/24)

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