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ローマに到来した「パンとサーカス」の時代

抵抗する[7]――正義について考える【31】

2011年11月24日(木)

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属州の苦境

 ユダヤ人たちのローマ帝国との戦いは、マサダ砦で終末を迎えた。しかしこの戦いはたんにユダヤ教という宗教とローマの皇帝崇拝の間の宗教的な戦いであるだけではなく、ある意味ではローマ共和国以来の属州とローマとの戦いでもあった。ローマは征服した諸国を異なる形で位置づけることによって、征服された諸国が連帯してローマに抵抗することがないように、工夫をこらしていた。

 イタリアの諸部族の国は、ローマの同盟国として扱われた。ただしこれらの諸国は対等な扱いではなく、あくまでもローマに従属する国として好意的に取り扱われたのだった。ローマの社会には、保護者であるパトローヌスとそれに庇護されるクリエーンスが存在していて、庇護民は自由を半ば喪失しながらも、保護者の庇護を頼りにすることができた。

 同盟国もこれと同じ考え方で扱われた。「同盟相手国は重要な点で行動の自由を制限されたり、取り上げられていて、事実上イタリア切っての強国ローマの政治的主導に服した」[1]のだった。

 これにたいしてイタリア外部の諸国との関係には、自由国の関係と属州の関係があった。自由国はマッシリアなどのように、かつて攻守同盟を締結していて、ほぼ主権を維持できる場合もあったが、多くはローマに政治的に従属させられた不平等同盟の国だった。それでもその国の国家的な支配権は承認され、ローマの総督や公職者が支配することはなく、貢租やローマ軍の駐留も免除された。

 最後がユダヤのような属州である。属州が自由国と違ったのは、厳しい貢租を課せられたことである。「諸属州は第一に定額の税を貨幣ないし現物で納入せねばならず、次に間接税、関税、各種用役料などをローマに納め、最後に統治のための総督徴発権に服した」[2]

 そしてユダヤのフロロスの場合のように、貪欲な総督が任命されると、属州はその抑圧にあえがねばならなくなる。帝国時代には少し改善されたがローマ共和国の末期には、属州に任命されることは、巨額の富を手にいれる手段を獲得するということだった。ローマの政治家たちは公職につくためには、民衆を喜ばせるために多額の出費を強いられた。

 そして公職に就いた後は、数年間を属州の統治に携わり、「わずか一年かそこらの属州滞在期間を、何はさておき、従来の公職歴に要した出費を回復し、今後の公職に必要な資産を獲得すべき機会とみなし、この機会をあくまでも利用し尽くした。これに対して属州民は無力も同然だった」[3]。ローマ皇帝と元老院への嘆願が、総督を変えてもらうための唯一の手段だったが、それがいかに無益なものであるかは、すでにみたようにアグリッパが熟知していたことだった。

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「ローマに到来した「パンとサーカス」の時代」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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