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皇帝ネロとキリスト教徒の殉教という思想

抵抗する[10]――正義について考える【34】

2011年12月15日(木)

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キリスト教と皇帝崇拝

 前一世紀の奴隷たちの「スパルタクスの叛乱」は、ローマを共和制から帝政へと導く一つのきっかけとなった。一世紀のユダヤ人たちの叛乱は、そのローマ帝国の過酷な属州統治のもとで発生したのだった。ユダヤ戦争の結果、イスラエルの神殿は破壊され、ユダヤ人の国家は消滅した。ユダヤ人たちはディアスポラの土地で、その信仰を守った。

 最初はユダヤの過激なエッセネ派に近い分派として登場したキリスト教は、イエスの死後、パウロの指導のもとで理論的に発展し、ユダヤ人だけではなく、すべての民族を対象とする世界宗教となった。そしてローマ帝国のうちでも次第に勢力が拡大していった。

 当初は葬儀組合のような互助的な組織として発達していったキリスト教は、ローマでは異教の一つとして扱われ、一般大衆からうさんくさいまなざしでみられていた。帝政のローマではやがて皇帝が神として崇拝されるようになるが、キリスト教徒は皇帝を神として崇めることをきっぱりと拒否した。ユダヤ人たちは神殿で皇帝のために供物を捧げることをうけいれていたが、キリスト教徒たちは、皇帝を神として認めることは明確に拒んだのだった。そして皇帝を神として崇拝するくらいなら、自分の命を捨てることを選んだのだった。帝国の民衆は、皇帝を神として認めず、ローマの伝統的な宗教を否定するこうしたキリスト教徒たちを、自分たちの生活の安定を崩す異物のように感じていたらしい。

ネロの迫害

 皇帝ネロの時代にローマで大火災が発生した。「ローマは一四区に分かれていたが、そのうち完全な姿で残ったのは、四区でしかない。三区は焼け野原となり、残りの七区は倒壊したり半壊したりした家の残骸をわずかにとどめていた」[1]ほどの大火だった。歴史家によると、ネロはこの火災を遠くから眺めて、その美しさに恍惚としていたという。「この火災をネロは遠くマエケナスの塔屋から展望していて、彼の言葉を使うと、〈火炎の美しさ〉に恍惚となり、いつもの舞台衣装をつけて、『トロイアの掠奪』を全編をうたい終えた」[2]という。

 巷の噂では、この火災はネロがローマを自分の好みで作り直すために、放火したのだとされていた。風評があまりに高まったため、ネロは民衆の納得できるようなスケープゴートを探した。それがキリスト教徒たちだった。タキトゥスは次のように伝えている。当時の民衆の考え方や、歴史家の見方を示す重要な記述なので、少し長いが引用してみよう。

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「皇帝ネロとキリスト教徒の殉教という思想」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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