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強烈な政治的意味を発揮した殉教者たちの死の物語

抵抗する[11]――正義について考える【35】

2011年12月22日(木)

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父の権威への抵抗

 ここで、ローマの皇帝の命令を拒み、自分の信仰を捨てることを拒んだ古代のキリスト教徒たちの受動的な抵抗のありかたを、ある殉教者の「伝記」から調べてみよう。この物語は、迫害の激しかったカルタゴで二〇三年頃に実際に起きた出来事として語られているものである。

 育ちのよい女性であるペルペトゥアは二二歳で、懐妊しており、洗礼志願者だった。ある日、多数の友人や奴隷たちとともに、「キリスト教徒」という名のもとで、いかなる悪事も犯さずに逮捕された。ペルペトゥアは「結婚したばかり」らしいが、この物語ではペルペトゥアの夫、赤子の父親については一言も触れられていない。

 慌てた父親が牢獄を訪れて「ペルペトゥアへの愛から」[1]、ペルペトゥアに改心を求める。ペルペトゥアはそこにある花瓶を指差して、「この花瓶を花瓶以外の名前で呼べますか」と尋ねる。父親が否定すると、「ではわたしは、わたしがわたしであるもの、キリスト教徒以外の名前で呼ぶことはできません」と宣言する[2]。ペルペトゥアは自己のアイデンティティを父親の娘でも、赤子の母親でもなく、一人の信仰者、キリスト教徒であると宣言したのである。

 この宣言に父親は激怒して、ペルペトゥアの眼を抉ろうとしたほどであるが、「悪魔的な議論」で対抗しても娘を説得できず、「敗北して」牢を去っていく。ペルペトゥアは父親の権利と権威に対抗して自己のアイデンティティとキリスト教の教えを説くことで、家父長的なイデオロギーに抵抗したのである。それからしばらくしてペルペトゥアは洗礼をうけ、霊から「肉の忍耐」だけを待ち望むようと告げられたという。

 ペルペトゥアは暑く、暗い牢獄に閉じ込められ、やがて産んだ赤子と離されて苦しむが、やがてどうにか赤子と同じ牢にいることを認められる。するとたちまち健康を取り戻し「わたしの牢はたちまち宮殿になり、わたしはほかのどこよりもここにとどまりたく思いました」[3]とまで語るようになったのだった。

コメント3件コメント/レビュー

ここで出てくるキリスト者は自分の信仰のみが大事だと考えているようにも受け取れます(神が大事なのは別にして)。自分が信仰の名によって殺されることは厭わない。しかし、ペルペトゥアの父親がローマによって辱められる、あるいは殺されるという自体を想定したときに、ペルペトゥアはどのように振る舞うだろうかということが、気になりました。(2011/12/22)

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「強烈な政治的意味を発揮した殉教者たちの死の物語」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

ここで出てくるキリスト者は自分の信仰のみが大事だと考えているようにも受け取れます(神が大事なのは別にして)。自分が信仰の名によって殺されることは厭わない。しかし、ペルペトゥアの父親がローマによって辱められる、あるいは殺されるという自体を想定したときに、ペルペトゥアはどのように振る舞うだろうかということが、気になりました。(2011/12/22)

 宗教に限らず、たいていの人が、その人なりの密度で、何かに一生をささげて生きていると思います。その密度が非常に高いのが、戦争とか殉教とかの場面でしょう。 支配を逆転させてしまうという効果を明示したのは面白かったのですが、殉教までしてしまう心理的な側面の方が本質ではないでしょうか。歴史と言う大河を見るのではなく、それを生み出す個人の心理を分析してもらいたいです。(2011/12/22)

カトリック信者の一人として、家族そして祖国より神を選んだペルペトゥアの精神はよく理解できます。ただしキリスト教がローマ帝国の国教になってからは、古代の宗教をとことん迫害したことも事実ですし、信仰はあくまで個人的な内面の世界に留めるべきだと思います。もし将来において過去のような迫害があった場合おそらく日本のカトリックはかなりの殉教者を生むでしょう、私はそのときにならないと分かりませんが。(2011/12/22)

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