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男性はずっと17歳で「スタンド・バイ・ミー」?

人生の課題映画を語ろう 第7回(シーズン3・最終回)

  • 岡 康道,小田嶋 隆,清野 由美

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2011年12月26日(月)

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小田嶋:俺、学生のときに岩波ホールまで「家族の肖像」を観にいったことがあったわけ。それまで映画というのは、俺にとってまったく知らない世界で、おそらく「101匹わんちゃん 」以来で。

―― 何で行こうと思ったんですか。

小田嶋:いや、ちょっと小難しい女の子に誘われて行ったのよ。

:それはワセジョ(早稲女、早稲田大学の女子大生のこと)だろう、察するに。

小田嶋:早稲女でした。俺、どうしていいか分からなくて、心の中で、うわーっと言いながら、感想も述べられずに、ほうほうの態で逃げて帰った思い出があります。

注・「家族の肖像」(1974年・イタリア&フランス)
監督:ルキノ・ヴィスコンティ
バート・ランカスター演じる老教授が孤独に暮らすローマの邸にある日、ヘルムート・バーガー演じる左翼の若者、コンラッドが出入りするようになり、以後・・・筋が難解なので興味のある方は実物をご覧ください。

―― でも、おふたりの学生時代は、難解映画が流行った時代でもありましたよね。

:流行った。全然分からなかった。

コラムニスト 小田嶋隆氏(写真:大槻 純一、以下同)

小田嶋:ちょっとしゃれた女の子たちは、岩波ホールといったところで、ああいうものを観ていたんです。それで、「映画のチケットがあるんだけど行かない?」と女の子から岩波ホールに誘われて、これは何らかの告白か、と若干はしゃいで行って、ヴィスコンティやらを観たりして、ああ、俺はこんな難しい人はだめです、というのがあった。

―― どのくらいの映画だったら大丈夫だったんですか。

小田嶋:ヴィスコンティだ何だというと、その映画を一緒に観ることを、どう解釈していいのか、ちょっと分からないです、という。

:だからといって「ロッキー」とか観たがる女の子も困るでしょう。

小田嶋:それも何だかね。

:岩波ホールか「ロッキー」か、そこの塩梅が難しいんですよ。しかもあのころは、その間がなかったんだよ。「同棲時代」とか「青春の蹉跌」とか、ものすごい分かりやすくなっちゃうか、あとはもう、ものすごく分からなくなっちゃうか。

小田嶋:日本映画だとATGとかも流行っていたでしょう。

注・ATG
 60年代から90年代頭にかけて活動した映画会社「日本アート・シアター・ギルド」の略称。商業主義とは一線を画し、大島渚、吉田喜重ら監督の表現を最大に重視した低予算の実験的な映画を多数、制作。その姿勢が映画ファンの支持を集めた。森田芳光「家族ゲーム」もATGの映画。
(12月20日逝去の森田監督に追悼の意を表します)

:ATGはエッチなシーンが出るでしょう。しかもリアルな描き方じゃないですか。そんな映画は、女の子とは行けないですよ。

小田嶋:映画を観に行く、という行動には、女の子を誘うためのハードルというものが1つあったんだよ。いい映画だとかだめな映画だとかいうことを抜きに、どの映画に連れていったらいいのか、という目が自分のどこかにあって、それで失敗して「2001年宇宙の旅」とか行っちゃって。

:難しい映画の一方で、「ロッキー」もそうだけど、「サタデー・ナイト・フィーバー」とかがあったよね。

小田嶋:さらにその前は、「エクソシスト」とか、「タワーリング・インフェルノ」「ポセイドン・アドベンチャー」「ジョーズ」って、パニック映画の流れだったのよ、映画って。

:でも僕はそういうのが好きじゃなくて、実は「男と女」とかが好きだった。

未来がないと、難解な映画は楽しめない

―― 大学時代に観た映画が「ロッキー1」「ロッキー2」の2本、という岡さんから、意外なタイトルが出てきました。

注・「男と女」1966年・フランス
監督:クロード・ルルーシュ
 パリを舞台に、夫を事故で亡くした女(アヌーク・エーメ)、妻を自殺で亡くした男(ジャン=ルイ・トランティニャン)が織り成す、大人のラブストーリー。フランシス・レイ作曲の主題歌「ダバダバダ♪」のスキャットは60年代の街のBGMでした。

小田嶋:そういえば俺たちの10代のころって、フランス映画にまだ力があった時代ですよ。トリュフォーとかゴダールとかが偉かったりして、俺も「流れ者」(クロード・ルルーシュ監督) とか観に行ったね。

:あと、会社に入ってからは、タルコフスキーの映画。わけが分からなくて困ったけど、でも嫌いではなかった。何でわけの分からないものが好きだったんだろうね。

―― 小田嶋さんが昔、「分からないものはポエティックなんだよ」という名言をおっしゃっていました。

小田嶋:ああ、それはそうかもしれないね。自分で言って忘れていたけど。

:でもさ、歳を取ると、分からないものは好きじゃなくなるんだよ。もういいよ、分からないんだから、になる。

―― 分からないものがポエティックに見えたのは、若い自分に未来があったからでしょうか。

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