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「当たり前のこと」としての宗教への配慮

個人を尊重する企業に、良い人材が集まる

  • 佐藤 兼永

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2011年12月27日(火)

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 連載を締めくくるに当たり、ムスリムの宗教的ニーズ――会社や学校でお祈りができるかなど――に対する「理解」や「配慮」について改めて考えてみたい。

 前々回のコラムで、日本人ムスリムが周囲の理解を得られるかどうかのカギを組織における決定権者が握っている、と指摘した。しかし、イスラム教やムスリムに対して決定権者が持つイメージだけに影響されるわけではない。ムスリムへの理解を示すべきかどうかの判断を下す人が、その判断を下した時に起こり得る周囲の反応を気にかける場合があるように思える。

宗教について語ることのためらい

 この連載の取材を進める上で、ムスリムだけでなく、彼らを受け入れる学校や企業からも話を聞くよう努めた。快く取材を受けてくれる人たちがいた一方、取材を断られることも度々あった。

 断った人たちは、必ずしも、イスラム教に対して偏見を抱いていたわけではない。また、ムスリムを快く思っていないわけでもない。彼らの言葉の端々から、そう窺えた。では、なぜ断ったのか? 取材を受けることで、第3者からあらぬ誤解を招くことを嫌がっていることが多いのではないか――筆者はそう感じている。そして、ムスリムに理解を示すか否かを決める際にも、同様の力学が働いているのではないか?

 取材を快く引き受けてくれた学校の校長でさえ、この連載の主旨が「特定の宗教を読者に勧めるものではない」ことを判で押したように確認した。「この記事はイスラム教を宣伝するためのものではありませんよね?」。

 ムスリムの社員が働いている企業への取材依頼でも同様だった。ある広報担当者は「日本の会社で働くムスリムの記事を出すことの意義を肯定的に捉えている」と言いつつも、「会社として取材を受けた時に起こるかもしれない影響が未知数なので受けられない」と語った。

 取材に応じていただけなかった企業や学校などについて、どうこう言うつもりは無い。そして取材に応じてもらえなかった企業の中にも、宗教上のニーズに十分配慮する企業は多い。

 ムスリムへの理解や配慮について公の場で語ることが、あたかもイスラム教に“肩入れ”しているかの印象を与える――これまでの取材から強く感じるのは、日本人の間に、こうした思いがあるのではないか、ということだ。宗教について語ったり配慮したりすることに、日本人の多くが慣れていない。そのため、周りにどう見られるか、過敏になっているのではないだろうか。

 ムスリムの側から見た時、このような日本人の態度が、ムスリムに対する理解や配慮の欠如として映っても不思議ではない。毎日の礼拝や食事の禁忌などムスリムが“最低限”守るべき信仰義務が実践できるとしても、居心地の悪さが社会の空気としてある限り、ムスリムが「日本社会に認められている」と心から感じることは難しいだろう。

「当たり前のこと」としての宗教への配慮

 もちろん、ムスリムの宗教的ニーズを尊重することに積極的な人もいる。彼らには「何か特別なことをしている」という意識がない。「ムスリムの信仰実践に“配慮”する」ことを、大げさなことだとは捉えていない。

 第4回のコラムで紹介した古河電気工業、人材育成部の関尚弘さんは、インドネシア人社員のソリハ・ヒダヤティさんが入社する時、200通近くのメールをやり取りをして、彼女が古河電工で働く上での心配の解消に努めた。欲しい人材に入社してもらうため、「なりふり構わず」リクルートすると語る関さんは、ソリハさんの宗教上のニーズへの“配慮”を「当たり前のこと」だと言う。

 「ソリハさんに当社に来てほしかった。『どうすれば気持ちよく働いてもらえるか?』。それを話し合って、考えて、そのまま実践しているだけ。配慮とかいう気持ちではないですね。これは日本人に対してだって同じなんですよね。例えば、親御さんの介護をしなければならないケースがあるじゃないですか。それとなんら変わりはないです。ぜひ働いてほしい人に働いてもらうための準備をしているという認識ですね」(関さん)

日本人上司と外国人上司で礼拝への理解に差がある

 トルコ出身のアイディン・ヤヒヤさんも、宗教への配慮は特別なことではないと考える。現在、東京都内で会社を経営するアイディンさんは3年前に帰化した元外国人ムスリムだ。アイディンさんは1994年に留学のために来日し、1999年に東京工業大学博士課程を出た後に、4つの企業に勤めた。

 彼は自分自身の会社員経験から、日本人よりも外国人の方が、ムスリムに対する配慮を自然に示すことに長けていると考える。

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