「小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 〜世間に転がる意味不明」

荒れるほど楽しい文学賞の選考

バックナンバー

2012年1月20日(金)

1/5ページ

印刷ページ

 石原慎太郎氏が、芥川賞の選考委員を辞退する意向を表明した。
 18日付のMSN産経ニュースは、知事の様子を以下のように描写している。

『芥川賞の選考委員を務めている東京都の石原慎太郎知事は18日、「全然刺激にならない」として、今回限りで選考委を辞退する考えを明らかにした。
 石原氏は報道陣に対し「いつか若い連中が出てきて足をすくわれる、そういう戦慄を期待したが、全然刺激にならないからもう辞めます」と語った。――後略――』

 辞意の背景には、前日の夜に発表された第146回芥川賞の受賞者である田中慎弥氏が、受賞記者会見で述べた言葉が関係している。以下、引用する。

『 ――まず一言

 「確か、(米女優の)シャーリー・マクレーンが何度もアカデミー賞にノミネートされた末にようやく取ったとき、『私がもらって当然だと思う』と言ってたらしいが、だいたいそういう感じです」

 《会場、爆笑》

 「4回も落とされたので、断るのが礼儀といえば礼儀。でも私は礼儀を知らないので、(芥川賞を)もらうことにした。断って、気の小さい選考委員―都知事が倒れて都政が混乱してはいけないので。都知事閣下と都民各位のために、もらっといてやる。もう、とっとと終わりましょうよ」――後略――』

 なんとも人を喰った会見だが、彼にこのようなもの言いをさせた元凶は、この受賞会見に先立って、芥川賞の選考委員である石原慎太郎都知事が漏らした言葉(←知事の定例会見の中で述べたもの)であると思われる。
 これも面白いので紹介する。出典は、冒頭の記事と同じ産経ニュースだ。

『――前略――石原氏はこれまで若手作家に関し「自分の人生を反映したようなリアリティーがない。(作品に)心と身体、心身性といったものが感じられない」などと語り、今月6日の知事会見では「苦労して(同賞候補作を)読んでますけど、バカみたいな作品ばっかりだよ」と話していた。――後略――』

 時系列に沿って事態の顛末を並べ直すと、事件はまず石原都知事が芥川賞の候補作品を切って捨てる発言をしたところから始まっている。で、翌日、知事の非難を受けて若い小説家が反撃の言葉を述べ、そのまた翌日、知事が一連の騒動への最終的な対応として辞意をもらしたカタチだ。

 私は2つの会見を、映像(YouTubeにアップされていたもの)でも見ている。
 面白かった。
 賞イベントはこうでなくてはいけない。つまり、選考する側と、選考される側が互いに刺し違える覚悟を持って現場に臨むようでないと観客にスリルを提供することはできないということだ。

 小説を書こうという人間は、旧体制何するものぞという気概を持っていないといけない。選考委員の鼻息をうかがうなどという心性とは金輪際無縁であることが望ましい。

ここから先は「日経ビジネスオンライン」の会員の方(登録は無料)、「日経ビジネス購読者限定サービス」の会員の方のみ、ご利用いただけます。ご登録のうえ、「ログイン」状態にしてご利用ください。登録(無料)やログインの方法は次ページをご覧ください。


関連記事

Keyword(クリックするとそのキーワードで記事検索をします)

Feedback

  • コメントする
  • 皆様の評価を見る
内容は…
この記事は…
コメント44 件(コメントを読む)
トラックバック
著者プロフィール

小田嶋 隆(おだじま・たかし)

小田嶋 隆

1956年生まれ。東京・赤羽出身。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。1年ほどで退社後、小学校事務員見習い、ラジオ局ADなどを経てテクニカルライターとなり、現在はひきこもり系コラムニストとして活躍中。近著に『人はなぜ学歴にこだわるのか』(光文社知恵の森文庫)、『イン・ヒズ・オウン・サイト』(朝日新聞社)、『9条どうでしょう』(共著、毎日新聞社)、『テレビ標本箱』(中公新書ラクレ)、『サッカーの上の雲』(駒草出版)『1984年のビーンボール』(駒草出版)などがある。 ミシマ社のウェブサイトで「小田嶋隆のコラム道」も連載開始。



このコラムについて

小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 〜世間に転がる意味不明

「ピース・オブ・ケイク(a piece of cake)」は、英語のイディオムで、「ケーキの一片」、転じて「たやすいこと」「取るに足らない出来事」「チョロい仕事」ぐらいを意味している(らしい)。当欄は、世間に転がっている言葉を拾い上げて、かぶりつく試みだ。ケーキを食べるみたいに無思慮に、だ。で、咀嚼嚥下消化排泄のうえ栄養になれば上出来、食中毒で倒れるのも、まあ人生の勉強、と、基本的には前のめりの姿勢で臨む所存です。よろしくお願いします。

⇒ 記事一覧

記事を探す

読みましたか〜読者注目の記事

  • いま、歩き出す未来への道 復興ニッポン