「小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 〜世間に転がる意味不明」

風邪で会社を休めますか?

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2012年2月3日(金)

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 インフルエンザに罹患しました。診断によればA型です。風邪や腹痛を含めて、寝込んだのは5年ぶりぐらいでしょうか。久々の隔離生活です。

 発症から丸4日は寝て過ごした。その間、ほぼ何もしていない。食事と服薬と睡眠。合間のツイッター。それだけだ。

 現在、本原稿執筆の時点が発病5日目に当たる。すなわち本テキストが復帰第一稿ということになる。貧乏性の咳唾が珠を成せば御同慶、瓦に化けたとしても、ウイルスよりは上等、と、そう思って読んでいただけるとありがたい。

 症状自体は、2日目に病院で処方されたタミフルを服用して以来、劇的に改善している。3日目の夜にはほぼ平熱に戻った。現在は、完治と申し上げて良いと思う。
 外出は、自粛している。まだウイルスを排出しているかもしれない段階だからだ。

 蟄居5日目ともなるとさすがにうんざりしてくる。手足から根が生えてくる感じだ。
 秋口からこっち、あんなにも怠惰な暮らしにあこがれていたというのに、それが実現してみると、一週間と持たない。手もなく退屈している。下層民由来の勤勉がDNAに刻印されているということなのであろう。哀れなものだ。

 貧乏な貴族は珍しくないが、勤勉な貴族というのはあり得ない。してみると、私は徹頭徹尾庶民なわけだ。一億ドルとギリシャの島をプレゼントされても、私は決して貴族にはなれないだろう。ちまちま働いて、うじうじ考えこんで、死の直前までジグソーパズルのピースみたいなやくたいも無いものを探して動き回っているはずだ。

 病気で寝ることは、ふだん考えない角度からものを考えるという意味で、貴重な機会だ。
 何かのなりゆきでシステムがダウンしたら、とりあえず動いているタービンを全部止める。そして、一からストレステストをやりなおして安全をチェックする。そうしないと、隠れた部分に潜んでいる致命的なエラーは、永遠に発見できない。
 
 とはいえ、つまずいた時にきちんと立ち止まることは、そんなに簡単なことではない。
 というのも、走るという運動は、「走り続ける」という過程の一部分であり、その強烈な慣性力は「止まったら終わりだ」という、これまた強烈な思想を内に含んでいるからだ。

 止まったら倒れる、と、そう思ってわれわれは走っている。
 というよりも、そう思い込むことで、かろうじて走る意欲を持ちこたえているのかもしれない。
 であるから、風邪薬のCMでは、色っぽい若妻が
「仕事、休めないんでしょ?」
 と、風邪薬を差し出すシナリオが採用される。
 もう何十年も前から同じだ。うちの国の産業社会は、本当にカラダを心配してくれているはずの人間に「クスリを飲んで頑張って出勤してね」と言わせる設定で動いている。

 もっとも、この若妻のセリフを、単純に夫の尻を叩く無慈悲な督励と受けとめるのは早計だ。
 実際の話、企業の側から見ても、風邪をひいた社員が無理して出社して来る事態は、必ずしもありがたいわけではない。生産性から言っても、感染リスクの面から見ても、おそらくマイナスだ。

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著者プロフィール

小田嶋 隆(おだじま・たかし)

小田嶋 隆

1956年生まれ。東京・赤羽出身。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。1年ほどで退社後、小学校事務員見習い、ラジオ局ADなどを経てテクニカルライターとなり、現在はひきこもり系コラムニストとして活躍中。近著に『人はなぜ学歴にこだわるのか』(光文社知恵の森文庫)、『イン・ヒズ・オウン・サイト』(朝日新聞社)、『9条どうでしょう』(共著、毎日新聞社)、『テレビ標本箱』(中公新書ラクレ)、『サッカーの上の雲』(駒草出版)『1984年のビーンボール』(駒草出版)などがある。 ミシマ社のウェブサイトで「小田嶋隆のコラム道」も連載開始。



このコラムについて

小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 〜世間に転がる意味不明

「ピース・オブ・ケイク(a piece of cake)」は、英語のイディオムで、「ケーキの一片」、転じて「たやすいこと」「取るに足らない出来事」「チョロい仕事」ぐらいを意味している(らしい)。当欄は、世間に転がっている言葉を拾い上げて、かぶりつく試みだ。ケーキを食べるみたいに無思慮に、だ。で、咀嚼嚥下消化排泄のうえ栄養になれば上出来、食中毒で倒れるのも、まあ人生の勉強、と、基本的には前のめりの姿勢で臨む所存です。よろしくお願いします。

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