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笑いの精神をうけついだ文学の巨匠と「笑いの思想史」

笑う[6]

2012年2月16日(木)

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キリスト教と笑い

 これまでみてきたように、中世の世界には民衆のカーニバル的な笑いと祝祭の伝統が残っていた。ただしこの祝祭は、日常の生活のうちで特別な機会にかぎられていた。「中世の民衆の笑いの文化は、根本的には祝祭や気晴らしの小島に局限されていた」[1]のである。

 中世の世界を支配していたキリスト教は、最初から笑いに敵対的だった。『福音書』でイエスが一度も笑わないのはよく知られている(ほほ笑んでいたのはではないかと思われる節はある。イエスが譬えで語り始めるときなどだ)。初期のキリスト教の教父たちの多くは、見せ物や民衆の祝祭には敵対的だった。

 バフチンが語るように、「テルトゥリアヌス、キュプリアヌス、クリュソストモスは公然と見せ物、とくに身振り芝居、身振り芝居の笑いやおどけた所作に反対した。クリュソストモスはおどけや笑いは神ではなく、悪魔から発するものであると宣言した。キリスト教徒にふさわしいのは、ただ絶えざる厳粛さ、自分の罪の懺悔と嘆きだけである」[2]と考えていたのである。

 それでも中世のカトリックは、民衆の祝祭を特定の機会において容認していただけでもましだった。一六世紀に始まる宗教改革は、こうした民衆の祝祭にまで厳しいまなざしを向けた。とくにこうした祭りと騒ぎに敵対的だったのが、プロテスタントだった。ウェーバーが指摘するように、イギリス国王は、娯楽教書で「日曜日にも礼拝時間でない時間には、特定の民衆的な娯楽を楽しむことを法律で許可した」[3]

 イギリスの封建的な王権制の社会は、「新たに発生してきた市民的な道徳と、権威に敵対する禁欲的な[ピューリタンの]私的な集会に対抗するために、〈享楽する意志のある者たち〉を保護しようとした」[4]のだった。これにピューリタンたちは激しく抵抗した。彼らは「純粋に生活を楽しむという目的で、欲動を気の向くままに満たす娯楽は好ましくないと考えていた」[5]からである。それに彼らは、祝祭のダンスの音楽が聞こえると、民衆が説教も聞かずにふらふらと踊りにでかけてしまうことを忌み嫌っていたのだった。

ルネサンスの三大文学作家

 ところが中世から近代に向かう境目にあたるルネサンス期には、このような民衆のカーニバルの笑いの精神をうけついだ文学の巨匠が登場した。ラブレー(一六〇五頃~一五五三年頃)、セルバンテス(一五四七年~一六一六年)、シェイクスピア(一五六四年~一六一六年)である。

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「笑いの精神をうけついだ文学の巨匠と「笑いの思想史」」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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