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道化劇としての『リア王』とコーディリアの失敗

笑う[11]

2012年3月22日(木)

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道化の役割

 ドン・キホーテはすでに考察したように、騎士道の騎士の理想をそのまま信奉している佯狂の道化として人々の笑いを集めた。ルネサンスのこの時代に、道化は重要な役割をはたしていた。道化は、半ば狂気の者として、真理との不思議な結びつきを維持している者とみられていたからである。

 古代から、狂気はふつうの人間には許されない秘密の真理を認識する力があるものと考えられてきた。プラトンが語っているように、狂気は神との通路を作りだすのである。その伝統のもとで、中世末期からルネサンスにおいて、狂人は舞台の中央に登場する。「笑劇や阿呆劇では、馬鹿や間抜けや阿呆の人物がますます重要さをなす。この種の人物は、もはやたんに、片隅にいるなじみ深いシルエットのごとき存在ではなく、真実の保持者として舞台の中央に位置を占める」[1]ようになるのである。

 この時代に道化は、お仕着せの道化服を着せられて、宮廷や貴族の家で「飼われる」存在だった。シェイクスピアの『一二夜』では、しばらく姿を隠していた道化は、主人の侍女から「黙ってお邸をあけたんだから、お姫さまはきっとお前を縛り首になさるだろうよ」[2]と脅かされる。道化は「してもらおうじゃないか。この世でみんごと締め殺していただけりゃ、向かうところ敵なしだあね」[3]と平然としている。

 もちろん道化が邸宅を留守にしたぐらいで縛り首にはならない。せいぜいお役御免になるくらいである。このおりも道化は、主人から「阿呆をあっちへと連れておゆき」[4]と家来たちに命じられたが、家来たちに連れてゆかれるどころか、逆に「お姫さまをあっちへ連れておゆき」と家来たちに命令することで、主人の勘気を許される。主人と「教義問答」[5]を展開しながら、阿呆であるのは主人であることを証明するからである。

 だから道化の重要な役割は、自分はまともで賢いと信じている主人が反対に阿呆であり、阿呆であると信じられている道化が実は賢い者であることを示すことにある。「智恵よ、こい願わくば、おれに立派な阿呆をやらせておくれ。手前じゃ智恵ものだと思っている奴に、とかく阿呆がいるものだ。それにしてみりゃ、智恵なんかありっこねえはずのこのおれが、智恵もので通らねえものでもあるめえ」[6]ということになるからだ。

道化と狂気

 しかし道化も、真理そのものを正面から語ることはできない。狂気を装い、狂気の一端に触れながら、しかも狂気の罠をすりぬけて、真実の言葉を語らねばならない。狂人そのものでは、宮廷で飼われることはできない。それでいて狂気を知らないふつうの人間には道化を演じることはできない。

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「道化劇としての『リア王』とコーディリアの失敗」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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