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狂気と道化を経て正気の言葉で語り始めたリア

笑う[16]~シェイクスピア『リア王』

2012年4月26日(木)

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怒りと狂気

 リアがこの段階で恐れているのは、自分が道化になることではなく、狂気になることである。リアはまだ自分がまともな判断力をもった人間であり、道化などとは縁遠い存在だと信じている。しかし彼にも自分で制御できないものが一つある。怒りである。リアはこの怒りに向かって、「ああ癪が胸に押し寄せてくる」[1]と嘆く。

 そして「ああ、この胸、このむかむかする胸、さがりおれ」[2]と命令する。そして道化に「胸にどなりつけるのは、気取った料理女が生きたままのうなぎを饅頭の皮で包むとき、きゃっというようなものだね」[3]とからかわれる。不可避な事柄から上品ぶって目を背けようとしても無駄だと言われているのである。

 リアを破滅させるのは、この制御しがたい怒りである。この怒りがリアの理性を失わせ、ついに本物の狂気にいたらせる。リアはそのことを予測している。「天よ、われを狂人にだけはしたもうなかれ、狂人には。正気を保たせたまえ。気ちがいだけにはなりたくないものだ」[4]と。リアには狂人は道化よりも低いものと思えている。しかしリアは狂気を通過することによってしか、自分を道化のようにしている自己への盲目から解放されることはできないのである。

狂気に向かうリア

 リアは次女のリーガンのもとを訪れ、長女からうけた侮辱をはらそうと考えている。しかし次女は長女を上回る冷酷さを示す。父親に向かって、「よる年波にお元気ももう尽き果てようという/ご高齢ですが、ご自分よりももっとよく/ご事情のよく分かる分別盛りの者に万事をお任せになり、お頼りになるほうがよろしうございます」[5]と、責任能力まで否定してしまうのだ。

 こうしてリアは娘たちの裏切りと、自分の置かれた状況を明確に把握する。そして神に語りかける。「わたしは哀れな老人でございます。悲しさは胸に満ち、齢は傾き、どの道みじめな者であります」[6]。しかしそのことをまだうけいれることができない。ただちに神に願うのだ。「私をおめおめと忍従させるほどは愚弄しないでください」[7]と。

 しかし娘の宮殿でいばり散らしていたリアには、「お嬢様、私はいかにも老いぼれです、/老人はごくつぶしです、膝をついてお願い申し上げます、/着物、食べ物、寝床までおあてがいくださいますよう」[8]と言わざるをえない窮地に自分を追い込んだのは、みずからの権力愛と自己愛であることにはまだ気づいていない。

 そしてリアはこの娘たちの「愛情」に頼っている自分の状況についての正しい認識と、こみあげてくる怒りのはざまで苦悩する。リアを狂わせるのは、たんなる怒りではない。正確な認識をもちながら、怒りのためにそれをうけいれることができないために心を引き裂かれるのだ。「お前たちはわしが泣くだろうと思っている。/泣くもんか……/泣くだけの理由は十分にある。しかしこの心臓が/幾万にも千切れてしまってからでなければ、/わしは泣かん。……ああ道化、気が狂いそうだ」[9]

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「狂気と道化を経て正気の言葉で語り始めたリア」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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