• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

笑いの中で強められる人々の絆

笑う[最終回]――コミュニケーションの手段として

2012年6月28日(木)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

前回から読む)

親しさの共有

 ここで、親しい人と、顔をみあわせて笑う場面を考えてみよう。そのきっかけは何でもよい。誰かがおかしなことを言ったのでも、飼っている猫が滑稽なしぐさをしたのでも、ふたりだけがわかりあう、あるきっかけによって笑うのである。そのとき、二人のうちであるものが共有される。そのほほ笑みは二人にとって幸福なものとして感じられるだろう。そしてそれが二人の仲をさらに親しいものとするに違いない。

 このとき、この二人の間で共有されたものは、いったい何なのだろうか。たしかに笑いの経験である。しかしこの笑いはある種の流れのようなものとして、二人のあいだを流れたのだ。そこで何ものかが伝達される。それはある種の仲のよさのようなものだろう。このような笑いを笑える相手は、ごく限られたものだ。この笑いのうちに、相手にたいする好意がさりげなく伝えられる。笑いはひとつの交流の、コミュニケーションの手段でもある。

 バタイユは、笑いを重要な交流の方法として考えた。「ところですべての種類の激しい交流のなかでも、笑い以上にわたしたちの全体を動かす交流はない。笑うことで、わたしたちの生はつねにたやすく交流できるようになる」[1]のである。

笑いの伝染性

 この笑いは伝染性のあるものである。親しい仲でなくても、誰かが滑って転んだだけでも、いあわせた人は笑うだろう。この笑いは人々をある雰囲気のうちに染めてしまう。この笑いを共有することで、人々は何かを伝え合う。この笑いのうちで「笑う者たちの痙攣するような運動が解き放たれ、反響して、ひとつのまとまった笑いに混じりあう。誰もが宇宙の無限のきらめきに参与するだけではなく、他者の笑いに混じりあう。部屋のうちにもはや、たがいに独立した笑いがあるのではない。ただひとつの哄笑の波が生まれるほどだ。笑う人は、自分のよそよそしい孤独が奪いとられたかのように、誰もが急流の中でさざめく川の水のように生の一時を過ごすのである」[2]

 いあわせたすべての人を包んだこの笑いでは、さまざまなものが伝達される。この笑いはひとつの交流の経験だからだ。伝達されるものは何だろうか。ベルクソンが指摘したように、ある社会的な規範からの逸脱にたいする警告のようなものかもしれない。笑うのは人間だけだとされている。それは人間だけが一つの規範をもっているからだ。しかもこの規範は社会によって、時代によって異なるものである。そしてある規範からの逸脱が、笑うべきものとして、人々に認識されるのである。

コメント0

「中山元の哲学カフェ」のバックナンバー

一覧

「笑いの中で強められる人々の絆」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント投稿機能は会員の方のみご利用いただけます

レビューを投稿する

この記事は参考になりましたか?
この記事をお薦めしますか?
読者レビューを見る

コメントを書く

コメント入力

コメント(0件)

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

トランプ政権のここまでの動きはスロー。

ジョセフ・ナイ 米ハーバード大学特別功労教授