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民衆叛乱の条件と日本の「土一揆」

抵抗する[13]

2012年7月19日(木)

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抵抗運動の考察

 さて、日本の中世ではこのように一揆という形式で民衆叛乱が発生した。この形式によらないかぎり、民衆が支配権力に抵抗して、何らかの成果をあげることはできなかった。ただしこうした抵抗を試みたのは民衆とはかぎらない。ある程度の支配的な階層の人々も抵抗を主導することがあった。たとえばヨーロッパの貴族層もまた、一時は激しい抵抗活動を展開したのである。

 それではこうした抵抗はどのような条件のもとで、どのような主体によって、どのような思想と目的によって行われたのだろうか。これからしばらくこの三つの観点から日本やヨーロッパの抵抗運動を比較しつつ調べてみたいと思う。日本では中世のもっとも一揆らしい一揆、しかも徳政令の発布という重要な成果をあげた一揆として、嘉吉元年(一四四一年)の土一揆をまず考察してみよう。

民衆叛乱の条件

 その前に、中世においてこの種の民衆叛乱が発生するための条件を確認しておこう。こうした叛乱が起きるには、いくつかの条件が必要であり、これは日本の叛乱だけでなく、ヨーロッパでの叛乱にも多く共通してみられる条件である。

 まず第一に、農業の生産性が向上したために、それ以前の伝統的な制度と農村共同体が崩壊し、農民層が分解し始めていることが重要である。第二は、それまでの現物での納税システムがさまざまな理由から崩れ、貨幣経済が浸透してきたときに、こうした叛乱が発生することが多い。第三に農民層の分解によって発生してきた上層の富裕な層が、共同体やその外部で権力を構築することである。この層が抵抗の核心部分となって叛乱を主導することが多かったのである。第四に、このような抵抗の正当性を確信し、主張することのできる思想的な裏づけが存在するか、育ってきていることが必要である。これらの条件が揃うことで、歴史的にごくまれな民衆叛乱が成立するのである。

下剋上

 日本の具体的な状況を調べてみよう。この一揆が発生したのは下剋上の時代だった。室町から戦国時代にかけて、これまでの既存の権力は次々と崩壊し、その内部から、新たな権力が繭を食い破るようにして登場してくる。そしてこの成り上がりの権力が既存の権力に変わって、実質的な権力を掌握するようになる。しかしこの成り上がりの権力も安泰ではない。その内部からもっと農民に近いところにある権力が力を溜めてくるからだ。そしてあっという間に、この権力が成長して、成り上がりの権力を既存の権力、表だけの権力にしてしまう。

 幕府の権力は、地元の守護の権力に奪い取られ、守護の権力は地元の地頭の権力に奪われ、地頭の権力は地元の武家の権力に奪われていく。最後には「農民が、村から解放されようとして、旧権力から解放されようとするエネルギーをたくわえる。それと在地の諸権力の結合」[1]によって、叛乱のエネルギーが生まれるのである。

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「民衆叛乱の条件と日本の「土一揆」」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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