• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

マクベスとマクベス夫人の妬み

嫉妬する[5]

2012年11月22日(木)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

妬む相手

 妬みはこのように、無辜な者までも犠牲にする恐ろしい情念となりうるのである。しかしこの情念は、相手を選ぶ。誰にでも向かう情念ではない。ぼくはテニスが好きだが、女子プロ・テニスプレーヤーのマリア・シャラポアをみるたびに、神はなんとも偏頗なものだと溜め息をつきたくなる。あの美貌と美しい柔軟な身体と優れた運動神経と頭のよさと豊かで理解力のある両親を一人の女性が独占しなくてもよいのではないだろうかと。

 しかしぼくは彼女に妬みを感じることはない。ぼくには無縁なことだからだ。ぼくがあれらの美質をもらっても、困ってしまうだろう。アリストテレスは、妬み(フトノス)を義憤と悪意の関係で定義する。義憤とは、「その価値なくしてうまくやっている人々について苦痛を感じる」[1]情念である。これが中庸だ。その両極端には妬みと悪意がある。妬みは「あらゆるうまくやっている人々について苦痛を感じる」情念であり、悪意は「他人の不幸に快楽を感じる」情念である。妬みも悪意も「それ自身で劣悪であるがゆえに非難される」[2]べきものである。

 しかし妬みはもともとはこのように「あらゆるうまくやっている人々に」感じるものではないだろう。ごく身近で、手の届くところにいる人に感じるものだ。イアーゴーが妬みを感じるのは副官になったキャーシオーであり、副官を任命した将軍のオセローである。自分がなりたい、自分でもなれると思う相手にたいして、妬みを感じるものである。たとえばマクベスもそうだった。

マクベスの野心

 マクベスは王の一族である。スコットランドの王位継承制度には大きな欠陥があった。王の血族は誰もが対等な権利をもって王の地位を要求することができるのだ。そのために血で血を洗う悲惨な闘争がつづいたのだった。王の幼い息子よりも、その叔父の方が王にふさわしいと考えるからだ。マクベスは今は王のダンカンに忠実に尽くしている。しかしつねにひそかに心のうちでは、王になりたい、自分が王であるべきだと考えている。そこに魔女が登場して、「コーダの領主、ばんざい」「行く末王になる人、ばんざい」[3]と叫び、マクベスの妬み心に火をつける。

 マクベスは最初は怪訝に感じているが、「コーダの領主ばんざい」という魔女の予言が実現したのをみて、一瞬も迷わずに、ダンカン王を殺害して、自分が王になる決意を固める。そして妻に手紙を書き送り、その意志を伝える。「このことを早くお前に伝えてあげたがよいと思ったのは、私の最も親愛な出世の仲間よ、お前に約束されてある出世のことを知らないで、当然うけるべき喜びを失ってはならないからである」[4]と。

 この言葉は、マクベスとその「最も親愛な出世の仲間」夫人のあいだで、つねづねこの可能性が、王を殺害して王の地位を手にする可能性が語り合われたことを示している。というのも、夫人はマクベスが王の死を待ってから王位に名乗りをあげるのではなく、ただちに王を殺害して王冠を手にしようとしていることを、ごく当然のように理解するからだ。そしてマクベスの気弱さが、この決意の遂行を妨げるのではないかと心配する。

コメント2

「中山元の哲学カフェ」のバックナンバー

一覧

「マクベスとマクベス夫人の妬み」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント投稿機能は会員の方のみご利用いただけます

レビューを投稿する

この記事は参考になりましたか?
この記事をお薦めしますか?
読者レビューを見る

コメントを書く

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

閉じる

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

富士山を目標にする人はいつか富士山には登れるでしょうが、エベレストには登れない。

澤田 秀雄 エイチ・アイ・エス会長兼社長、ハウステンボス社長