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生活のほとんどは補修である

2012年12月7日(金)

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 トンネル事故の第一報は、例によってツイッターのタイムラインに流れてきた。

 で、一次ソースに当たるべく新聞記事を読みに行ったわけなのだが、事態はさして変わらなかった。現場を思い浮かべると、閉所恐怖気味の性向を持つ私は、考えているだけで息苦しくなってくる。

 記事を読み終わって、急に息を吸い込むのは、かなり長い間息を止めて文字を読んでいたからだ。犠牲者のご冥福をお祈りしたい。

 今回は、トンネル事故を通して考えたあれこれについて書くことにする。

 トンネル事故は、それ自体としては偶発的な出来事以上のものではない。が、背景を考えると、この度の事故が示唆するものは、決して小さくない。もしかしたら、今後何十年かの私たちの国の未来を、予告編のようにして告げてくれている事件であったのかもしれない。

 事故を受けて、何人かの専門家が異口同音に申し述べたのは、「今後やって来ることが予想される大量補修時代への備えは万全なのか」という問いかけだった。

 たしかに、1960年代から80年代にかけて作られた膨大な数の建造物が、一斉に老朽化の時代を迎えるのは、言ってみれば完成したときから予定されていた事態だ。とすれば、この度の天井落下事故は、コンクリート建造物の老朽化という、今後続々と顕在化するであろう厄介な物語の序章に過ぎない。

 私が住んでいる町のすぐ隣でも、似たことが起こっている。
 事故ではない。
 建て替えだ。

 東京オリンピックの年(昭和39年)に完成した、赤羽台団地というごく初期の団地の住宅棟が、この数年の間に、一斉に建て替えの時期に入ったのである。

 コンクリートは、木造住宅に比べて、躯体として、はるかに長い寿命を持っていると言われている。
 が、構造体としてのコンクリートが無事だからといって、建物自体が永久に居住可能なわけではない。

 ビルは配管から死ぬ。
 水道管が錆に覆われ、各種の配線用の共同溝が老朽化し、電気系統やケーブルがぼろぼろになる。手を尽くせば必ずしも補修が不可能なわけではないが、コストや安全面を考慮に入れると、話は簡単には進まない。

 設計思想自体が老朽化するということもある。

コメント27

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「生活のほとんどは補修である」の著者

小田嶋 隆

小田嶋 隆(おだじま・たかし)

コラムニスト

1956年生まれ。東京・赤羽出身。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。1年ほどで退社後、紆余曲折を経てテクニカルライターとなり、現在はひきこもり系コラムニストとして活躍中。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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