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個人の成長と社会の形成になくてはならない情念

嫉妬する[8]

2012年12月13日(木)

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妬みの役割

 このように、ギリシア人は文明というものが、人々の競争心のうちから生まれるものと考えたのだ。自分のもっているものに安住するのではなく、自分よりも優れたものをもっている人に妬みの心を起こし、そのような優れたものをもちたいと願う心が、人々を高めてゆく。「大工は大工に敵意を燃やし、また物乞いは物乞いどうし、伶人(うたびと)は伶人どうし互いに嫉みあう」というわけである。

 このような競争心の原因となる妬みの気持ちは、社会のうちで生まれるものであり、他者の欲望するものを欲望するという欲望の本質に根差すものである。ロビンソン・クルーソーのように一人で孤島に生きているのでは、誰も装ったり、学んだりすることはないだろう。他者のまなざしというものがないならば、向上心そのものが生まれないのである。

野生人

 このようなありかたを逆に照らしだしているのが、ルソーの考えた野生人である。ルソーは自然の状態では、人間は自然に与えられたもので満足して生きていると考えた。「この生き物が樫の木の下で満腹になって、最初にみつけた小川で渇きを満たし、食事を与えてくれた樫の木の下に寝床をみつけているのが目に浮かぶ」[1]のである。

 こうして暮らしている野生人には、身体を維持し、生命を保存するごく自然の欲求のほかには、他者の欲望を欲望するという意味での欲望は存在しないに違いない。「野生人にはいかなる種類の知識も欠けているために、自然のたんなる衝動という情念しかない。野生人の欲望は、身体的な欲求を超えることがない」[2]だろうとルソーは考える。

社会的な欲望の発生

 しかし人間はこうした野生人としては存続することはできなかった。これはそもそも人間らしいあり方ではなく、いわば動物のような状態にすぎないことをルソーは十分に承知している。これは目指すべき自然状態ではなく、文明の起源を明らかにするための仮説にすぎない。人々は社会を、そして国家を設立するのでなければ、ほんらいの意味での人間になることはないことは、ルソーも考察の前提にしているのである。

 プラトンが『国家』において、原初の国家を想定した際には、人々は生存のための欲求を満たすためだけに国家を設立するものとみなした。これは他国への侵略などを考えることのない、そしてそのようなことを望む必要もない「健康な国」[3]である。「貧乏や戦争を恐れて、自分の財産以上には子供を作らない」国であり、「平和に健康に生活をしながら、ついには老人になって、子供たちにもそのような生活を譲り渡す」[4]理想の国である。

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「個人の成長と社会の形成になくてはならない情念」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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