• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

心の中に像を作る三つの模倣術

記憶する[3]

2013年1月24日(木)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

『テアイテスト』の記憶のメカニズム

 さて、プラトンの蜜蝋の比喩にもう一度たちもどってみよう。プラトンは、蜜蝋に影像が刻印され、それをもとにして記憶が発生すると考えていた。「われわれが見たり聴いたり、あるいは自分で考えついたりしたもののうち、記憶しておきたいと望むものがあれば、われわれはその固まりを感覚や着想の下に押し当てて、そこに形を写しとるのだ、とすることにしよう。ちょうど、指輪の印形(セーメイオン)を押印する場合のようにだね。そして印刻が成功したものはすべて、そのものの影像(エイドーロン)が蜜蝋に残されているかぎり、われわれの記憶し、知識するところとなるが、これに反し、抜き取られたり、刻印を残すまでにはいたらなかったりしたものは、すべてわれわれが忘却し、知識せざるところとなる、とこういうふうにしよう」[1]

 プラトンはこのすべてを「ミューズの女神たちの母親ムネモシュメーからの贈物」[2]であると語っている。ムネモシュメーとは記憶、想起のことである。記憶術とは、人間の心のうちにある蜜蝋の固まりに、外界の事物などの影像(エイドーロン)が刻印され、そこに痕跡(セーメイオン)が残ることであり、これが記憶だということである。このエイドーロンとは、ギリシア人の考え方では、人間の可視性を作りだすものだった。人間がある対象を見ることができるのは、その対象の影像がひらひらと飛んできて、人間の目に貼りつくからだというのである。

 この物理的に飛んできた影像は目に入った後に、心の蜜蝋のうちに痕跡を残すことができる。ただし蜜蝋の能力により、この痕跡が正しいことも、消えてしまうこともあり、その場合には忘却してしまうのである。この比喩は人間の記憶の成立のメカニズムと同時に、その忘却や歪みの発生のメカニズムを示すものである。

『フィレボス』の画家の比喩

 これにたいして『フィレボス』ではプラトンは、このような受動的な刻印ではなく、人間が記憶するときのメカニズムを、心の中で絵画を描く営みに譬えている。プラトンは魂のうちに二人の職人が住んでいると考える。書記と絵描きである。人間の心は白紙の書物のようなものであり、書記は、感覚や思考を記録する。「われわれの魂の中に言表を書き記す」[3]役割をはたすのが書記である。この記録が実際のものと一致しているときには、真なる思いが生まれる。

 これにたいして絵描きは、「書かれたその言表の似像(エイコン)を魂の中に描く」[4]のである。この絵描きが記憶の役割をはたす。「あの時思われたり述べられたりした内容を、視覚やその他の感覚から引き離してきて、すでに思われたり述べられたりした対象の似像を、何らかの形で自分の心の中で見る」[5]ことができるようにするのである。この絵描きが正しく描くならば、それは真なる思いを再現することができるだろう。

 この書記と絵描きは、蜜蝋の比喩と違って、記憶を生理的な観点からではなく、技術という観点から捉えたものである。鳩小屋の比喩は、記憶した像を再生するときの「権力」という能動的な観点から考察したものだが、この絵描きの比喩は記憶する像を形成するときの各人の技能という能動的な観点から考察したものとして興味深い。

コメント0

「中山元の哲学カフェ」のバックナンバー

一覧

「心の中に像を作る三つの模倣術」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント投稿機能は会員の方のみご利用いただけます

レビューを投稿する

この記事は参考になりましたか?
この記事をお薦めしますか?
読者レビューを見る

コメントを書く

コメント入力

コメント(0件)

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック