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かつて見た美を想起することと「恋をすること」

記憶する[5]

2013年2月7日(木)

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想起の第一の役割

 このようにプラトンの想起アナムネーシスの概念は、知識の獲得という知識論の根本問題と、ソクラテスによる対話法と、霊魂の不滅の理論を結びつける重要な役割をはたしている。人間が新しいことを学ぶことができるのは、かつてそれを知っていたからであり、それはこの世においてではなく、この世界に生まれる前に知っていたということである。

 この世ならざるところについては、誰も知りようがないので、プラトンのこの理論は、純然たる仮説にとどまる。しかしプラトンのアナムネーシスの理論には、知識の獲得だけではなく、知識の再認についての理論という側面もある。この側面について確認してみよう。こちらの側面についてはぼくたちも何かを言えるかもしれないからだ。

想起の第二の役割

 対話篇『パイドン』によるとソクラテスは若い頃に、自然学に熱中していたという。その頃さかんに考えたのは、経験からどのようにして知識が生まれるかということだった。ソクラテスは、まず感覚器官に刺激をうけて、「聞いたり、見たり、嗅いだりする感覚(アステーシス)」[1]を人間は獲得するが、それは脳髄に伝えられて、そこで記録されると考えた。そして「これらの感覚から記憶(ムネーメー)や憶測(ドクサ)が生まれ、記憶や憶測が固まると、そこから知識(エピステーメー)が生まれる」[2]と考えたのだった。

 エピステーメーというものは、正確な認識であり、ドクサというものはたんなる思い込みでしかないかもしれないものである。しかし記憶やドクサが「固まる」と、確実な知になるというのだが、その「固まる」というのがどういうことなのか、この対話篇では明らかにされていない。そこである心的なプロセスが発動して、記憶やドクサが知になるに違いない。

 そのことを『メノン』のソクラテスは想起によって説明するのである。ソクラテスは、たんなる思い込みであっても、それが「真なる思い込み」であるならば、知識と同じ価値があるのではないかと指摘する。「真実なる思い込みもやはりそれが手元にとどまる限りでは、つねにそれは美しいものであって、あらゆる善いものを成就するのである」[3]

 それでは知識と真なる思い込みの違いはどこにあるのだろうか。それは真なる思い込みは、確実な知識として人のもとにとどまるのではなく、すぐに忘却され、「長い間はとどまることを欲しないで、どちらかというと、人の魂から逃げ去るものなのだ。だから人がそれらを根拠の推理によって繋いでおくのでなければ、たいした価値はないことになる」[4]という。

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「かつて見た美を想起することと「恋をすること」」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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