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経験したことのない「記憶」がよみがえる不思議

記憶する[6]

2013年2月14日(木)

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無意識的な記憶

 プラトンのアナムネーシスの理論は、魂の不死の理論を前提とするものだった。ぼくたちには魂が不死で、着物を着替えるように身体を取替えていると考えることは難しいし、それを信じることもできない。しかしぼくたちのうちに、記憶していたとも思えないことがよみがえることがあるのはたしかだと思う。

 これはどこかで見た、どこかで知っていたというような不思議な感じをうけることがある。いわば無意識的な記憶が心のどこかに残滓のように残っているという感触である。それはどういうことなのか、少し考えてみたい。もちろんぼくのロシア語のように、ひとたびある体系にいたるまでに記憶したものは、忘却しても、また何かのきっかけで、切れたシナプスがつながるように、体系の骨組みを浮かび上がらせるかもしれない。そしてアナムネーシスによって、意識にのぼっていなかったものが、浮かび上がってくることもあるかもしれない。これは一般に潜在記憶と呼ばれる。

 しかし実際に経験したことのないものが、無意識の記憶のように、なにかのきっかけであぶりだしのように浮き上がってくることはないものだろうか。そのようなものがあると、フロイトとユングは考えている。まずフロイトの理論から考えてみよう。

エディプス・コンプレックスの克服の道

 人間の個体は発生する段階において系統発生を反復すると言われている。これは生物学では反復説と呼ばれて、科学的には否定されているようだが、精神的な次元では、その可能性を一概に否定することはできないだろう。フロイトは人間の成長において、原始的なものがよみがえる道筋を二つ考えている。一つは子供の成長におけるエディプス・コンプレックスの克服の道筋であり、もう一つは人々が集団となる場合である。

 フロイトは、子供の母親と父親との関係において、古代的なものが再現されると主張する。人間が家族として成長する過程は、古代からほとんど変わっておらず、そこに古代的な刻印が残されていると考えるのである。少年であれば、父親にたいしてアンビバレントな感情を抱かざるをえない。一つには父親は神のような威力をそなえたものとして現れ、そこに少年は同一化して、「自我理想の背後には、個人の最初の、そしてもっとも重要な同一化が潜んでいるのである。これは個人の〈原始時代〉である幼児期における父との同一化である」[1]

 やがて少年に母親への欲望が目覚めてくると、父親はその障害物となり、少年はエディプス・コンプレックスの体制のうちに置かれる。このときには父親は排除すべき対象、殺したい人物となる。しかし少年には父親を排除する力はなく、少年はエディプス・コンプレックスを克服せざるをえなくなるのである。そしてこの経験は人間が古代からずっと繰り返してきたプロセスであり、そこにある種の既知感が生じるのは不思議なことではないだろう。

 特にフロイトは、父親を神的なものとみなす自我理想のうちに、宗教的な要素が含まれていることを指摘する。多くの宗教では神は「父」と呼ばれている。神が父親の立場に立つのは、心理学的にも十分な理由のあることなのである。「自我理想は、その形成の歴史のために、個人が系統発生的に獲得した古代的な遺産と、きわめてゆたかに結びついている。個人の精神世界において、〈いと深きもの〉であったものが、自我理想の形成によって、われわれの価値評価において人間の精神の〈いと高きもの〉になる」[2]のである。この父親の像と神の像の重なりあいは、かなりの文化において古代からの遺産のようにして現代の個人にまでひきつがれる。それは人間にとって由緒のある古い無意識的な記憶なのだ。

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「経験したことのない「記憶」がよみがえる不思議」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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