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フッサールの時間についての考察

記憶する[9]

2013年3月7日(木)

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記憶と時間

 このようにアリストテレスは、記憶における時間の要素、とくに過去の意味を初めて明確に指摘した。記憶が過去にかかわるものであることは自明なことであるが、それが時間の軸とどのようにかかわるのかは、それほど自明なことではない。波打ち際の砂の上に描かれた顔が、やがて波で流されるように、記憶という刻印は、時間の波によって消滅していくような種類のものだろうか。

 そうではないと考えたのがフッサールである。フッサールは『内的時間意識の現象学』という書物で、時間について考察しながら、現象学的にみれば、記憶こそが時間の意識を作りだすものであることを明らかにしたのである。

過去把持

 ここであるメロディを聞いているとしよう。ぼくたちはそれが一つの旋律であることを明確に認識している。ところで今聞こえているのは、一つの音である。それぞれの瞬間をそれぞれの音が満たしている。しかし一つの音では旋律を作りだすことはできない。その音はその前の音に続いているのであり、その次の音につづくのである。旋律がつづくかぎり、音はとぎれることはない。

 ここに瞬間というものの逆説がある。瞬間は、今のこの一瞬である。それは今である。しかしこの今が成立するためには、その前の今が記憶に残っている必要がある。その前の今の瞬間は、その前の前の今の瞬間が記憶に残っていることによって、初めて瞬間となったのである。そしてこれは限りなくつづくだろう。

 それぞれの瞬間に、それぞれの過去が維持されており、時間が経過するとともに、その広がりは大きくなる。フッサールはこれを過去把持と呼ぶ。「音は鳴り始め、そして鳴りやむ。そしてその音の持続統一の全体は、すなわち音が鳴り始め、鳴り終わる全過程の統一は、それが鳴り終わったあと、次第に遠い過去に後退する。そのような沈退の中でわたしはなおもその音を把持し、それを過去把持のうちに所持している」[1]

 フッサールはこれを「過去把持の彗星の尾」[2]という印象的な比喩で語る。旋律が進むとともにその背後に尾のように過去の音が広がっていくのである。この過去把持をフッサールは第一次記憶と呼ぶ。これは想起するまでもなく、ぼくたちの耳の中にまだ残っている音の記憶である。

時間意識の条件としての記憶

 重要なのは、現在の瞬間は一瞬のうちに過ぎ去り、次の瞬間が訪れるが、その瞬間はまた一瞬のうちに過ぎ去るのであり、もしもこの現在の瞬間しかなければ、ぼくたちはその瞬間すら認識することができないということである。彗星がその背後に尾を引くように、瞬間はその背後に過去の数え切れないほど多数の瞬間の尾を引くのであり、この彗星の尾としての過去の瞬間が、今という瞬間そのものを可能にしているのである。

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「フッサールの時間についての考察」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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