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「過去の自分を恥じることのないように行動せよ」

記憶する[10]――人間と記憶

2013年3月14日(木)

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家畜の幸福

 フッサールは、記憶こそが時間の意識を作るという。ところがニーチェは、記憶こそが人間を作ると主張する。ニーチェの言い分に耳を傾けてみよう。ニーチェはまず、牧場でのんびりと草を食べている牛の群のことを考えよと提案する。「草を食べながら君の側を通りすぎていく家畜の群をみてみたまえ。彼らは昨日が何か、今日が何かを知らず、跳ね回り、食らい、寝そべり、食ったものを消化し、また跳ねる」[1]

 こうした家畜には、時間という認識も、歴史という認識もなく、ただ現在があるだけだろう。家畜たちは「こうして朝から晩まで、毎日毎日、快と不快とによって、いわば瞬間という杭にしっかりと繋ぎとめられている」[2]だろうとニーチェは考える。そして瞬間だけを生きる動物は、憂いも悩みも知らず、ただ幸福であるだろう。しかし人間にはこのような幸福は与えられていない。そのため人間は、「動物の幸福なのを眺めて嫉妬をも感じる」[3]のである。

 ニーチェは家畜が幸福であるのは、人間によって餌が与えられていて、明日の生のことを心配する必要がないためではなく、家畜は「昨日が何か、今日が何かを知らない」[4]から、すなわち過去の記憶がないからだと考える。家畜の幸福は、過去を記憶しないことによって可能となるとニーチェは考えるのである。家畜は、過去を記憶できないし、歴史というものを知らない。「動物は非歴史的に生きる」[5]のである。逆に言えば、家畜は歴史性の欠如を病んでいるのである。しかし過去の記憶の喪失というこの欠陥が、家畜に幸福をもたらす。

人間の不幸

 これにたいして人間は過去の記憶を失うことができないという別の病を抱えている。「人間は自分についても、自分が忘れることを学ぶことができず、たえず過去に拘泥してしまうことをいぶかしく思う」[6]のである。動物が瞬間だけを生きるとすると、人間は瞬間を生きることができない。「瞬間は忽然として現れ、忽然として去り、その前は無、その後も無、しかもなお幽霊のように再び現れ、後の瞬間の平安を乱す」[7]のである。

 動物は「どんな瞬間でもありのままの姿でいる」[8]のにたいして、人間にとって生存は、たんに絶え間ない〈……であった〉でというものであり、自分自身を否定し喰いつくし、自分自身に矛盾することによって生を維持するものである」[9]。人間はみずから不幸になりつつ生きているのである。

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「「過去の自分を恥じることのないように行動せよ」」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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