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「捏造される」幼児期の記憶

記憶する[11]

2013年3月21日(木)

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ぼくの幼児期の記憶

 みなさんはどれくらい幼い頃の記憶を思い浮かべることができるだろうか。ぼくのもっとも古い記憶は、沖縄のような南国の坂道を、背負われて歩いている、というか、歩いている人に背負われて、風景が移動するのを見ているというものだ。ぼくは沖縄には行ったことがないはずなのだが、南国らしい石垣と青い空が、まだまざまざと見えるような気がする。

 この記憶はごく断片的なもので、背後の状況はまったく分からない。背負われていたのだから、ごく幼かったに違いない。ぼくの次の記憶は訪問した家で経験したらしい出来事の片鱗である。暗い廊下がつづいていて、その暗さに不安を感じているのである。親たちによると、ぼくはその廊下で何か毒虫のようなものに噛まれたのらしい。

 次の記憶は桜の木の下に立っていて、目の前にグラウンドが広く広がっている光景である。ぼくの解釈では、これはぼくが幼稚園に入学した時の記憶で、母親に置いていかれて、初めての集団生活を始める時のことだろう。きっとやはり不安を感じていたのだと思う。だとすると、背負われてみていた光景も、何らかのもっと重要な出来事を隠しているに違いない。

隠蔽記憶

 フロイトは、このような幼児の時の断片的な記憶は、ある重要な出来事を忘れることができず、しかもそれを想起することに苦痛や不安を感じるために、こうした出来事の記憶を抑圧するために作られているのだと考えて、それを隠蔽記憶と呼んだ。ある幼児期の記憶の実例としてフロイトが挙げているのは、ある文献学教授の三歳か四歳の頃の記憶である。教授は、「テーブル掛けの掛けられた食卓の上に氷の入った鉢が載せられている」[1]というイメージを記憶していたのである。

 このとりとめのない記憶は、祖母の死にまつわるものらしい。家族の証言によると、当時その子は祖母の死によって強烈なショックを受けていたのだという。しかし祖母の死も葬儀も記憶に残らず、この鉢だけが彼の記憶に残ったのである。

 フロイトは、この記憶を残したのは、二つの心理学的な力だと指摘している。片方の力は、体験の重要性のために、その体験を思い出そうとする。もう一つの力はこれに抵抗して、その体験の重要性を否定し、それを思い出さないようにしようとする。二つの力が働いて、力の平行四辺形の合成力のように、体験そのものではなく、それに付随したものが記憶に残されるのだという。

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「「捏造される」幼児期の記憶」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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