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「これは前にも目撃したことがある」という経験

記憶する[14]

2013年4月11日(木)

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鏡像としての記憶

 人間は、意識をもった時点からのすべての記憶をもっているとベルクソンが主張していることは紹介した。それではその記憶はどのようにして生まれるのだろうか。この問いに、ベルクソンは、知覚と記憶を分離して考えるべきではないと答える。知覚することは同時に、記憶することなのだ。

 これをベルクソンは物体と鏡の像の比喩で説明する。知覚は現実の物体のようなものであり、現実のものである。これにたいして記憶は、鏡に映った物体の像のようなものである。鏡があれば、物体には鏡の像がつく。この像は物体と同時に生まれる。ただし物体とその鏡像には、存在論的に違いがある。現実の物体であれば、調べたり、働きかけたりすることができる。しかし記憶は、鏡の像にすぎないから、働きかけることができない。

 ここで重要なのは、物体が存在するときに、必ず鏡の像を伴うということである。ぼくたちがあるものを知覚し、経験する。これは現在の経験である。それではいつ記憶するのだろうか。現在が過去になりつつあるときに、ぼくたちはその像をどこかに刻印しているのだろうか。ベルクソンはそのようなことはないと考える。人間の生活のすべての瞬間は、知覚であり、記憶であるという二つの側面をそなえている。「わたしたちの生活のすべての瞬間は繰り広げられると同時に二つに分かれる」[1]

 現在はたえず、現在と過去に二重化されている。これはたえずつづけられる作業である。「過去はひとりでに、自動的に保存される。実際、過去は全体としてあらゆる瞬間にわれわれにつきしたがう」[2]のである。これは人間の知覚がもたらす副産物なのだ。だから「記憶はもろもろの思い出をひきだしに整理したり帳簿に記載したりする能力ではない。そこには帳簿もひきだしも存在しないし、的確にいって能力というものさえ存在しない」[3]のである。

フロイトのマジックメモ

 このように知覚することが記憶することと同時に行われることは、フロイトも主張している。そのために提示されたのがマジックメモのモデルである。これは合成樹脂のボードの上に、透明なカバー・シートを密着させたものである。何かをメモしたいときには、この上に尖ったもので書く。この記録の内容は、そのままの状態ではっきりと見える。もし新しいことを書きたいときには、シートをはがせば、シートはまた書き込み可能な状態になる。

 注目したいのは、このはがした状態で、ボードには前に書き込んだ内容が記録されているということである。シートをまた密着させて書き込むまでは、前に書き込んだ内容は残されている。これは記憶である。この記憶は、書き込むことで同時に生まれるのである。ただし、シートをまた密着させて新たなメモを書き込むと、前の記憶は消えてしまう。これが、人間の記憶との大きな違いである。フロイトが「記載された内容が抹消されると、マジック・メモはこれを内部から〈再生〉できない。人間の記憶のようにこれを行うことができたら、まさに〈マジック〉である」[4]と指摘しているとおりである。

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「「これは前にも目撃したことがある」という経験」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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