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症状を引き起こす記憶

記憶する17

2013年5月2日(木)

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記憶の病

 すでに人間にとって記憶することが病となり、行動を妨げるほどの力をもつことは、ニーチェの記憶の理論についての考察で確認してきた。忘却こそが精神を癒す薬なのである。しかし記憶と忘却の関係は、それほど簡単に対比できるようなものではない。たんに記憶が消えれば、忘却すれば、精神は癒されるというわけではないのだ。忘れたい記憶ほどしばしば蘇り、しかもその記憶を記憶として認識できないことがあるのだ。

 フロイトが治療した多くの神経症の患者たちは、そのような記憶の病に悩んでいた。「ヒステリー患者の大部分は、無意識的な追想(レミニセンス)に悩まされているのである」[1]。このレミニセンスとは、プルーストが紅茶に浸したマドレーヌの味で唐突に過去の思い出を想起した時に語った「無意志的な記憶」と同じ言葉である。プルーストと同じように、ヒステリー患者も想起することを意志していない記憶に襲われる。そしてプルーストの主人公のように幸福感に包まれるのではなく、症状を引き起こしているのである。

N夫人の症例

 フロイトがこの書物で最初に取り上げているエミー・フォン・N夫人の例で考えてみよう。彼女は教養の高い美しい女性であるが、舌打ちのようなチックの症状を示し、どもることが多かった。顔面と首筋にチック的な痙攣を示し、話の途中で「数分ごとに話を中断しては、顔をゆがめて恐怖と嫌悪の表情を示す」[2]のである。そして不安そうな表情で「動かないで、何も言わないで、わたしに触れないで」[3]と叫ぶのである。正常な意識状態と交替して、ヒステリー性の譫妄が訪れるのだが、本人は後ではそのことを記憶していない。

 この時期のフロイトはまだ精神分析を始める前であり、精神医学に携わっていた。そのためにパリのシャルコーから学んだ催眠術をかけて、患者を治療していた。催眠術が効かない患者もいたが、N夫人は比較的容易に催眠術にかかった(フロイトはあまり催眠術をかけるのが上手くなかったようだ)。

 この譫妄状態は、かつてN夫人が経験した激しい情動的な場面が再来することで、訪れていたのである。N夫人はその場面を忘れたいと思っていた。そして理性的にその記憶を捨て去ろうとした。しかし激しい情動をともなう経験の記憶は、本人が捨てたいと思うほどに、本人を襲うのである。その過去の経験を忘れようという意志することは、それを想起することと同じことだからだ。

動物恐怖

 やがて治療が進んで、催眠術で彼女の秘密の記憶が明らかになってきた。ある日、まだ催眠術をかけないでいる時に、彼女は学校での同級生いじめの話を始めた。その日の新聞に載っていたのだと言いながら、「ある生徒が男の子を縛りつけ、その口に白鼠を一匹押し込んだ。その子供は驚きのあまり死んでしまった」[4]と言うのである。

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「症状を引き起こす記憶」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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