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姫は城を出て母になる

2013年7月5日(金)

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 フィギュアスケートの安藤美姫選手が、この4月に女児を出産したのだそうだ。

 当稿では、出産の経緯には触れない。子供の父親を詮索することもしない。
 スポーツ選手について何かを書く人間は、原則として、競技以外の話題には踏み込まないのが本筋だと思うからだ。

 なので、私としては、お嬢さんの誕生に関しては、「おめでとう」という言葉を述べるにとどめておく。
 それ以上の言及は失礼というものだ。

 ここでは、彼女の出産の扱われ方について書く。
 主旨としては、一人のアスリートが婚外子を産んだことについての、世間の反応を記録しておきたいということだ。

 私はあきれている。

 出産は、最大限に尊重されてしかるべき個人のプライバシーだ。
 そもそも他人が口をはさんで良い事柄ではないし、仮に関心を抱いたのだとしても、おもてだった形での追求はつつしむべきだ。

 なのに、報道は一向に沈静化しない。
 どうかしていると思う。

 私が高校生だった頃、ある女優さんが「未婚の母」として騒がれたことがあった。
 当時の感覚からすると、「未婚の母」という出来事自体が一大スキャンダルだった。それゆえ、件の女優さんは、出産の意思を表明した後、かなり長い間、世間から身を隠さねばならなかった。人前に出るや、犯罪者に近い扱いで、記者に取り囲まれることがわかりきっていたからだ。

 その時の騒ぎを思えば、安藤美姫選手の出産にかかわる現在のメディアのふるまい方は、ずっと控えめなものだ。ざっと見る限りでは、彼女の出産を正面切って非難する記事が出回っている事実もない。そういう意味では、この30年ほどの間に、わが国の大衆メディアの人権感覚は、改善されているわけだ。

 とはいえ、30年前と今とで、この種の出来事について、世間の受け止め方に、確たる変化があるのかというと、私の見るに、結局のところ、たいした違いはない。

 たしかに、ワイドショーの伝え方や女性週刊誌の書きっぷりは、上品になっている。
 しかしながら、無遠慮に騒ぎ立てる芸能レポーターが前面に立たなくなった分だけ、話題の広がり方はむしろ陰湿になっていたりする。

 なにより、21世紀の日本では、昭和の時代には影も形も無かったSNSやインターネット掲示板のような「陰口メディア」が殷賑を極めている。

 思うに、報道が一向に沈静化しないことの一つの原因として、安藤選手自身の問題とは別に、女子スポーツ選手がメディアの中で担わされているイメージの問題がある。どういうことなのかというと、メディアが、女性アスリートに「清純さ」と「ひたむきさ」を兼ね備えた、「理想の娘」としての役割を着せかけることが常態化しているということだ。

 これは、なにもマスメディアの取材姿勢や記事の作り方だけの問題ではない。
 マスコミが無茶な取材をしたり、無理筋な記事を作り上げるのは、それを読みたがる読者がいるからで、そういう意味では、われら受け手の側にも一定の責任はある。

 ネット内に流れている書き込みを見ていると、安藤選手の「出産」について、「非難」はしないまでも、「失望」している人々がけっこういる。

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「小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 ~世間に転がる意味不明」のバックナンバー

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「姫は城を出て母になる」の著者

小田嶋 隆

小田嶋 隆(おだじま・たかし)

コラムニスト

1956年生まれ。東京・赤羽出身。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。1年ほどで退社後、紆余曲折を経てテクニカルライターとなり、現在はひきこもり系コラムニストとして活躍中。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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澤田 秀雄 エイチ・アイ・エス会長兼社長、ハウステンボス社長