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死を忘却するということ

忘れる[17]

2013年9月5日(木)

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忘却の意味

 ハイデガーはこのように日常的な現存在である人間は、世間話と好奇心と曖昧さのうちに、自己を忘却していることを示したが、これはたんに頽落という現存在のありかたを示すだけてはない。そこには現存在の実存論的にありかたが象徴されているのである。

 現存在は、自己の周囲の事柄に配慮しながら、過去と未来の時間のうちで生活している。明日の会議の準備をしなければならないし、そのために過去のファイルを点検しなければならない。このようにして現存在の今という時間は、明日の準備と過去の点検のために費やされる。今が今そのものとして生きられることはめったにない。今、今、今とつづいているこの現在の瞬間を、ぼくたちはほんとうに生きているのだろうか。ぼくたちは現在を忘却しながら、現在をやりすごしながら生きているのではないだろうか。

 ハイデガーは、この現存在のありかたについて、「配慮的に気遣われたものを現在化しつつ、そこから汲み取ってくる諸可能性をめがけて、非本来的におのれを企投することは、現存在がおのれのもっとも固有な被投的な存在可能のうちで、おのれを忘却してしまっている」[1]ことであると表現している。ここで企投するということは、自己を了解することというほどの意味で考えていただきたい。被投的な存在可能とは、世界のうちに投げ込まれている現存在が、世界に投げ込まれているという条件のもとで、自己に可能な存在のしかたを生きているということである。

 術語的にはめんどうな文章だが、将来のことを目指して、過去を点検しつつ今を過ごしていることのうちに、ぼくたちが自己のもっとも固有な存在可能性を忘却して生きているというほどのことと理解されたい。

恐れ

 ハイデガーはこのように自己忘却のもっとも典型的なありかたを示すものとして、現存在の恐れという気分をあげている。恐れとは、未来において自己に好ましくないことが起こる可能性を考えて懸念することであるが、その予測はそもそも現在の自己が、本来の自己に固有の可能性に直面することから逃走しようとする気分に彩られていことから生まれるのである。「恐れの実存論的、時間的な意味は、自己忘却によって構成されている」[2]のである。「それは自己に固有な現事実的な存在可能に直面して、そこから狼狽して脱走すること」[3]なのである。

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「死を忘却するということ」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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