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宗教改革から宗教戦争へ

抵抗する[26] 市民革命の思想(1)

2013年9月12日(木)

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(「抵抗する」のシリーズの1回目は、こちらからお読みください)

宗教と政治の結びつき

 ここしばらくの間、既存の教会秩序に抵抗する思想である宗教改革の帰結として、イギリスで生まれた市民革命の思想がどのようにして形成されていったのかについて、考察してみたい。宗教改革によって生まれた抵抗する(プロテスト)宗教であるプロテスタンティズムのうちから、思想と制度をさらに浄化する(ピュリファイ)宗教であるピューリタニズムが生まれたが、イギリスではこの宗教思想と密接に結びついた形で市民革命が遂行され、成功したのである。

 この宗教の思想と政治の思想はどのようにして結びついて機能したのだろうか。そしてこの結びつきが、どのようにしてイングランドで政治革命として結実したのだろうか。この市民革命の思想は、西洋だけでなく日本などの国家でも民主主義の思想が育つ源泉となったばかりではなく、議院内閣制を生みだし、現在の日本の政治と憲法の根幹を作りだしているのである。

宗教改革の端緒

 まず宗教改革のパターンを大まかにまとめてみよう。一五世紀末までの西洋世界は、宗教的には基本的にカトリックのローマ教皇の支配下にあった。政治的には諸国に国王などの政治的な支配者がいたが、世俗的な事柄は世俗的な統治者が支配し、魂にかかわる事柄は教会の司牧者が配慮するというのが、トマス・アクィナスが示した典型的な統治システムの構造である。

 しかし一五一七年一〇月三一日にルターが有名な「贖宥符の効力」についての九五カ状の命題をヴィッテンベルク城の教会の門に貼りだしたことで事態は一変した。信徒が教会に献金をすることで罪の赦しをえるというのは、聖書に反する教えであり、ルターはそのことを明確に指摘したのである。ラテン語で学問的な調子で書かれたこの命題はただちにドイツ語に翻訳され、販売され、人々は争うにようにしてこれを買い求めたのだった。

 ルターはライプチヒに呼ばれ、公開の場で宗教的な見解を問われることになった。問題は二点あり、第一はローマ教皇の至上権を認めるかどうかというもの、第二はボヘミアで異端者として一〇〇年ほど前に処刑されたフスの教えをどのように評価するかということだった。問題だったのは第二の論点であり、ルターはフスの教えの多くをキリスト教的なものと評価すると言わざるをえなかった。

 これによってルターは異端と宣告された。フスと同じように火刑台に登らされることは確実になったのである。しかし事態は一〇〇年前とは違ってきた。ルターには国民の強い支持があったのである。そして異端を宣告されて覚悟ができたルターは、一五二〇年に宗教改革にとって重要な三つの文書を発表した。「キリスト教界の改善について ドイツ国民のキリスト教貴族に与う」、「教会のバビロン捕囚」、「キリスト者の自由」である。

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「宗教改革から宗教戦争へ」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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