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バレンティンの静かなる55号

2013年9月13日(金)

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 ヤクルト・スワローズのウラディミール・バレンティン選手が今季55本目のホームランを打った。

 シーズン55本の本塁打記録は、これまで、王貞治(1964年)、タフィ・ローズ(2001年)、アレックス・カブレラ(2002年)の三選手が達成している。残り試合数(22試合)を勘案すれば、バレンティン選手が新記録を樹立することは確実と見て良いだろう。昭和の時代からプロ野球を追いかけてきた者として感慨深い。

 今世紀のはじめ、ローズ、カブレラの両選手が55本目の本塁打を放った前後の打席では、かなり露骨な四球攻勢が続いていた。その四球戦術のせいもあって、両選手は、王貞治氏の記録に並ぶところまではたどり着いたものの、ついに55というエポックを越えることはかなわなかった。

 この時に大量供給された四球について、当時ダイエーホークスの監督だった王貞治氏が暗黙の指示を出していた旨を主張する人々が執拗に声をあげていた。ご記憶のかたもおられることだろう。私自身は、この見方(王氏が対戦相手の投手に四球攻めを示唆していたという仮説)は、論外だと思っている。

 というよりも、馬鹿げている。
 王氏が、記録のかかった場面で、故意に四球を望んでいたとは思えないし、百歩譲って内心の奥深いところでその種の期待をしていたのだとしても、マウンド上の投手に圧力をかけるようなことを、あの人が実行に移すはずがないではないか。ばかげた話だ。

 新記録の達成を妨害したいという気持ちは、むしろ、現実のバッターボックスとは無縁な、プロ野球ファンの内心のうちに遍在していた。

 われわれは、ローズの打棒を評価し、カブレラのパワーに驚嘆しながらも、心の奥深いところで、「日本のプロ野球にとって最も象徴的な記録のひとつである年間本塁打記録を、外国人選手が塗り替えてしまうこと」に対する強い抵抗感を抱いていたのである。

 もちろん、すべての日本人がそんなことを思っていたと言い張るつもりはない。
 しかしながら、一定数のファンの心の一部分に

 「力まかせの外人なんかにオレたちの大切な記録を踏みにじってほしくない」

 という気分がわだかまっていたことは否定できない。 その観客が醸す空気は、マウンド上のピッチャーの心理に微妙な影響をおよぼす。

 「オレがこの場で血気にはやって勝負に行くことは、正しい選択だろうか」 「もし仮に、オレが個人的な潔癖みたいなものを貫いたことの結果が、日本プロ野球の金字塔を台無しにする事態を招いてしまうのだとすると、オレは、この先、自分の選択を悔やむことなく引退後の人生を生きていくことができるのだろうか」

 ……と、こんなことを考えているピッチャーのボールは、仮に本人がストライクゾーンに向けて投げたつもりでいるのだとしても、外れて行かざるを得ない。

 私は、2001~2年のパ・リーグで展開されていた四球攻勢を蒸し返して、日本のプロ野球を非難しようとしているのではない。

 ローズとカブレラに向かってボールを投げるピッチャーたちが、ボール球ばかりを投げた理由にいまさら興味を持っているのでもない。

 むしろ私は、2001~02年のプロ野球ファンがなりふりかまわずに守ろうとした「55」という神聖な数字に対して、2013年の日本人が、ほとんどまったく拘泥していないように見える、その理由を知りたいと思っている。

 どうして、2013年の日本人は、こんなにもあっさりと新記録を迎えようとしているのだろうか。

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「バレンティンの静かなる55号」の著者

小田嶋 隆

小田嶋 隆(おだじま・たかし)

コラムニスト

1956年生まれ。東京・赤羽出身。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。1年ほどで退社後、紆余曲折を経てテクニカルライターとなり、現在はひきこもり系コラムニストとして活躍中。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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