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政治的な市民革命の思想の誕生

抵抗する[30] 市民革命の思想(5)

2013年10月10日(木)

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宗教と政治

 すでに考察したように、リルバーンの消極的な抵抗の理論では、議会と国王の対決の理論的な根拠となることができず、パーカーの議会における人民の議論では、議会の外部での政治的な闘争の根拠を示すことができない。この両方を組み合わせる思想が市民革命の原動力となるだろう。

 もちろんこの市民革命の主体となったのは、資本主義社会にたいする王権の抑圧的な姿勢に抵抗しようとするブルジョワジー層であり、とくに地方の名望家のジェントリー層である。議員になることができるためにはかなり財産が必要だったのである。それでもこれを支える民衆層の支持なしでは、革命を推進することはできない。

 そもそも革命が権力闘争としてではなく、市民革命として成立するためには、市民が革命を必要とすることを認識しなければならない。それは市民が抑圧されていることを認識する必要がある。イギリスの場合に市民に抑圧を実感させたのが、体制的な国教会の宗教的な儀礼のおしつけと検閲による弾圧だった。

 これにたいして抵抗を訴えたのが、リルバーンの消極的な抵抗の呼び掛けだった。これが政治的な意味をもつためには、パーカーの伝統的な議会の権力の概念による国王の王権神授説の批判が必要だった。この宗教と政治の二つの要素が結びつくことで、市民革命が可能となったのである。

 そして市民にとって、内的な良心の問題である信仰の自由が、たんに心の内面的な自由としてではなく、政治的な信教の自由の問題として提起される必要があったのである。ブルジョワジーの叛乱がたんなる内乱ではなく、市民革命として遂行されるかどうかが、それにかかっていたのである。

オヴァートンの登場

 リルバーンは消極的な抵抗の理論に基づいて、パーカーの理論を援用しながら、議会外での市民との共同闘争のうちに、やがて平等派レヴェラーズらしい政治理論を確立していくが、このレヴェラーズの革命理論をもっとも明確な形で示したのが、リチャード・オヴァートンである。

 オヴァートンの経歴はそれほど明らかではない。父親は国教会の牧師だったらしい。ピューリタン革命が始まった頃に、オランダから帰国して非合法の印刷業者となり、リルバーンと知り合いになったようだ。オヴァートンはルネサンス的なヒューマニズムと新プラトン主義的な傾向をそなえた理論家だった。

オヴァートンの理論的な貢献

 オヴァートンの理論的な貢献は、主として三つの点があげられる。第一は伝統的なイギリスの政治体制を批判したこと、第二は理性論と自然法の理路によって、積極的な武装抵抗の理論を展開したこと、第三はその当時のイギリスのピューリタニズムの中心であった長老派を批判して、寛容論を主張したことである。

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「政治的な市民革命の思想の誕生」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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