• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

ホッブズの自然権と自然法

抵抗する[35] 市民革命の思想(10)

2013年11月14日(木)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

クロムウェルの外交

 このようにしてイギリスのピューリタンたちによる革命は終結した。名誉革命については別の観点から考えるが、民衆レベルでの革命的な体制構想が展開されたのは、この革命の際のことである。人々が、自分の国にはどのような体制が望ましいのか、兵士たちは何を目指して戦うのかを自問し、たがいに問い掛けあい、討論したのは、この時のことだった。

 この革命の果実はクロムウェルに奪われてしまったようにみえる。しかしクロムウェル体制もまた別の意味でこの革命の成果であった。共和体制になったイギリスは、ヨーロッパの諸国にとって重要な脅威となった。これまでは国王の戦争予算は議会にかける必要があった。しかし民衆の国家になったことで、このような制約はなくなった。そのためフランスなどの諸国は大きな脅威を感じるようになった。共和制という体制のもつ力は、まず外国で実感されたのである。

 これにともなって、クロムウェル体制のもとでは外交が展開された。それまでイギリスは外交的にはヨーロッパの二流国だった。しかし共和制のもとで、諸外国はイギリスを軽視することができなくなった。プロテスタント擁護という明確な外交方針のもとで、カトリックを含むヨーロッパ諸国とさまざまな提携を模索し、オランダとの戦争に従事し、アイルランドを半ば植民地化するというイングランドの国益を目指す外交方針を明確に提示したのだった。

 彼の政策は「スペインを包囲するためにカトリック国であるフランスやポルトガルと政治的に提携し、新大陸のスペイン領から経済的な収奪を行い、イングランドの植民地を築くなど、〈国益〉保全や〈国益〉拡大の側面が十分に存在していた。プロテスタント外交と〈国益〉追求は両立することができたのである」[1]。王権神授説のもとで、国民を抑圧する体制や王政復古の後の体制ではなく、プロテスタントという国民の宗教を軸にして、国益を追求するクロムウェル体制の先に、大英帝国がやがてその姿を浮かび上がらせるようになろう。

 イギリスの唯一の成文化された憲法であり、明確な寛容思想を表現した『統治章典』など、考えるべき問題は多いが、ここではこの時代に思想的に新たな展開を遂げた二人の思想家について考えることにしよう。ピューリタン革命を亡命してやりすごしたトマス・ホッブズと、クロムウェル体制に上級幹部として参加したジョン・ミルトンである。

ホッブズの自然状態

 トマス・ホッブズは一五八八年に、イングランド国教会の牧師を父親として生まれた。ホッブズは生涯、ピューリタン革命を抑圧しようとする国王と国教会を支える思想家として過ごすのである。短期議会の頃に、チャールズ一世に謁見し、『法の原理』は王党派のニューキャスル伯爵に捧げられている。長期議会が始まると、王党派が弾圧され始めたため、ホッブズはフランスに亡命するのである。

コメント1

「中山元の哲学カフェ」のバックナンバー

一覧

「ホッブズの自然権と自然法」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント投稿機能は会員の方のみご利用いただけます

レビューを投稿する

この記事は参考になりましたか?
この記事をお薦めしますか?
読者レビューを見る

コメントを書く

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

実は事業継承の覚悟って、そんな大それたものではないんですよ。

高田 明 ジャパネットたかた 創業者