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ホッブズの社会契約の問題点

抵抗する[36] 市民革命の思想(11)

2013年11月21日(木)

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人間の自然状態

 ここでホッブズが契約を締結させようとしているのは、どのような主体であるかを考えてみよう。自然状態における自然権は、各人は、各人の平和を獲得するためには、「戦争のあらゆる援助と利益を求めてよい」[1]ということだった。ここで平和というのは、人間が自分の生存と安寧を追求するということである。そのためにはあらゆる手段を行使することができるというのである。自分の生存と安寧には当然ながら物質的な安楽が含まれる。ということは、自分の幸福を追求するためには、他者にたいして戦争をしかけることができるということである。それが自然状態であり、自然権である。だからこそ、その状態は同時に戦争状態でもあるのである。

 ここでパトニー討論でレヴェラーズのレインバラとアイアトンの論争を思い出してみよう。アイアトンは、自然権を主張するということは、アナーキーを導くと主張した。自然権を主張すると、「人間は眼にするいかなる物、肉、酒、衣服をも、自らの暮らしのために取ったり、使ったりする同一の権利をもつことになる。土地に対しても、地所を利用したり耕作したりする自由をもつ。すなわち人間は、自らに何らかの所有権ありと考える物に対して、自由をもつことになるのである」[2]と主張したのだった。

 レインバラはこの主張に反論できなかった。そして神法としての自然法に依拠しようとして失敗し、やがて「われわれが自由をもつためには、あらゆる所有権が廃止されなければならないということは了解した。あなたがそう言われるのなら、それはそうなのに違いない」[3]と認めたのだった。

 このアイアトンの主張する自然権を、明確な概念として表現したのが、ホッブズの自然権の理論だったのである。ホッブズの考える自然状態での人間は、このようにたがいに自己の利益を実現するために、他者を害する権利を保有する人間である。人々がこのような自然状態のうちに存在していれば、そしてすべての人間が基本的に力において、智恵において平等であれば、その社会はアナーキーに陥るのは確実である。すべての個人が自分の利益のために他者を害することを目指すからである。

ホッブズの社会契約

 そこでホッブズはこのような自然状態では、秩序のある社会が成立しないと考える。そして秩序を実現するためには、すべての人が自分の自然権を放棄して社会契約を締結する必要があると考えたのである。これが第二の自然法である。ホッブズはこれをすべての人の権利の同時放棄として表現する。

 「人は、他の人々もまた同じようにする場合には、平和と自己防衛のためにそれが必要だと思う限り、進んですべてのものごとに対する彼の権利を放棄すべきである」[3]。ここで重要なのは、他のすべての人が彼と同じように自然権を放棄するということである。一人でも自分の自然権を維持していて、他の人々が自然権を放棄するならば、放棄しなかった人は他者を害する自由を維持するだろう。そうなるとその人だけが専制的な権利を維持することになるだろう。

コメント1件コメント/レビュー

法律系の士業についてる者です。資格を取るため条文や判例をせっせと暗記しましたが、あらためて「人権とは何ぞや?憲法とは何ぞ?」と考えてみると、結構恐ろしいものだと気付かされます。究極の人権(慣習や宗教的戒律、道徳によらない、人がただ人であるゆえに持つとされる権利)とは「万人が万人を殺してよい」(ベヒモス)であり、これと対立するもう一匹の怪物がリヴァイアサン。これも一応学生時代に公民の授業か何かで習ったはずなのですが、あらためて勉強し直すと本当に恐ろしいものだと思わされます。(2013/11/21)

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「ホッブズの社会契約の問題点」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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法律系の士業についてる者です。資格を取るため条文や判例をせっせと暗記しましたが、あらためて「人権とは何ぞや?憲法とは何ぞ?」と考えてみると、結構恐ろしいものだと気付かされます。究極の人権(慣習や宗教的戒律、道徳によらない、人がただ人であるゆえに持つとされる権利)とは「万人が万人を殺してよい」(ベヒモス)であり、これと対立するもう一匹の怪物がリヴァイアサン。これも一応学生時代に公民の授業か何かで習ったはずなのですが、あらためて勉強し直すと本当に恐ろしいものだと思わされます。(2013/11/21)

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