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論理は非論理的に敗北する

2013年11月29日(金)

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 当欄の原稿を書き始める前に、とりあえず、とり・みきさんの連載に目を通して、ネタカブリが無いかどうかを確認する。ここしばらく、この動作が習慣化している。

 今回は、話題が重複せずに済んだようで安心している次第なのだが、記事を読んでいて電撃的に思い出した出来事があるので、簡単に記録しておきたい。うむ。私は影響されている。もしかしたら、原稿を書く前には、あんまり他人のテキストを読まない方が良いのかもしれない。

 たぶん、1980年代の終わり頃か1990年代の初め頃、私は原田知世嬢と会ったことがある。

 会ったと言っても、当方が一方的に見かけただけだ。もう少し正確に言うと、新宿駅の南口から駅前の通りを西口に歩いている途上で、彼女とすれ違ったのだ。

 当初、私は、進行方向の先に、「何か光り輝くものが動いている」という印象を抱いた。

 そう思った時は、まだ50メートル程度の距離があった。
 にもかかわらず、私は、その「光り輝くもの」に注目せずにはおれなかった
 最近の言葉で言えば「オーラ」ということになるのだと思う。

 とはいえ、わたくしどもが「オーラ」と呼んでいるものの正体は、その「オーラ」の発生源であるとされる人間が直接的に放射している物理的な何かではない。むしろ、当人の周囲にいる人々が振り返ったり遠巻きに立ち止まって眺めたりする時に起こる波紋のような人波の変化を、われわれが「オーラ」として認識しているのだと思う。

 あるいは、別の言い方をするなら、私たちは、自分たちの観察範囲の中に人々の注目を集める人物がいることに気づいた時、自分たちの視線を「オーラ」と呼んで客体化することで、その特異な体験を確定しようとするものなのかもしれない。

 まだ早朝に近い時間で、人通りはそんなに多くなかった。
 私自身は、ひどい二日酔いで、まっすぐ歩くのも困難な状態だった。

 で、その一歩ごとに嘔吐感を飲みくだしながら歩いている目覚めたばかりの酔っぱらいである私の目に、その時の原田知世は、まるで天使みたいに美しく映った。そして、その、彼女の、この世のものとも思えない姿に触れて、私は、自らの境涯を心から反省したのである。

 もっとも、ある段階を過ぎた酔っぱらいにとって、反省は、とりたてて珍しい作業ではない。が、その時の反省は格別で、私は、まるで自分が人間の残骸であるように感じた。それほど深い反省だった。 

 私は、特別に彼女のファンだったわけではない。「時をかける少女」や「天国に一番近い島」も、テレビ放映の時に見たような気はするものの、内容はよく覚えていない。

 それでも、よく知っている芸能人の実物を見るという経験は、意外なほど大きな影響力を持っている。 
 いずれにせよ、直接の知り合いでもない芸能人のファンになるというのはその種の直感の為せるワザなのだし、もしかしたら恋に落ちるということも同じ作用であるのかもしれない。

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「小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 ~世間に転がる意味不明」のバックナンバー

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「論理は非論理的に敗北する」の著者

小田嶋 隆

小田嶋 隆(おだじま・たかし)

コラムニスト

1956年生まれ。東京・赤羽出身。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。1年ほどで退社後、紆余曲折を経てテクニカルライターとなり、現在はひきこもり系コラムニストとして活躍中。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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