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ロックの登場

抵抗する[41] 市民革命の思想(16)

2013年12月26日(木)

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スピノザの第一の問題

 このようにスピノザは、ホッブズの社会契約論のもっていた難問をすべて解決する道を示していた。パトニー討論でレヴェラーズたちはこの論理で答えれば、独立派に明確に反論することができたはずである。しかしそれは不可能であった。スピノザの論理には別の難問がそなわっていたのである。この難問は、スピノザの社会契約論に内在する問題ではない。それに付随して発生していた問題である。

 第一の問題は、スピノザの政治理論としての社会契約論が、人々に馴染みがないものに思われていたということである。そもそもスピノザは社会契約論をホッブズのように政治的な社会契約の理論として提示しなかった。スピノザの政治理論は、『神学政治論』『エチカ』『国家論』のうちにちりばめられており、その全体像は後世の人間でなければ読み解くことができない。

 これらのうちでスピノザの生前に著作として発表されたのは『神学政治論』だけである。そもそもスピノザの著作は、これだけだったのである。そしてこの書物はオランダのデカルト派の哲学者たちを主要な読者として刊行されたにもかかわらず、デカルト派の哲学者たちすら、この書物を無神論として激しく攻撃したのだった。スピノザの政治理論は、当時の哲学者たちにも理解を絶していたのである。無神論と評価されたこの書物が、信仰に燃えるイングランドのレヴェラーズにうけいれられるはずもなかったのである。

スピノザの第二の問題

 第二の問題は、スピノザの寛容の理論にまつわる問題である。スピノザはホッブズと同じように、政治当局による宗教の規制を必要と考えた。当時のオランダは、カルヴァン派の教会が強い勢力を維持しており、デカルト派の哲学を(そしてスピノザの哲学を)弾圧する口実を探していた。これにたいしてスピノザは、宗教の統制をカルヴァン派のような宗教当局ではなく、政治当局に委ねることを主張したのである。

 レヴェラーズ主導のピューリタン革命を対岸のフランスで苦々しく眺めていたホッブズは、宗教の統制を政治的な主権者に委ねようとした。そのためにキリスト教の信仰箇条を、イエスがキリストであるという基本点だけに絞った。そしてその他の点については、国家の定める教義にしたがうことをすべての国民に求めたのである。

 これは当時求められた宗教的な寛容とは正反対の姿勢である。宗教的な寛容は、もっとも基本的な教義を除いて、その他はすべて各宗派に任せることを求める原理である。これにたいしてホッブズの原理は、基本的な教義を除いて、その他のすべては基本的なものではないとして、当局が任意に統制できるものと主張した。礼拝の儀礼などを含めて、外的な行為はすべて国家当局の規制にしたがわせることで、ピューリタン革命の再発を防ごうとしたのである。これが受動的な服従と呼ばれるありかたであることは、すでに指摘したとおりである。

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「ロックの登場」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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