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日本語でみる「遊ぶ」の語義 その1

遊ぶ[1]

2014年1月9日(木)

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一つのテーマを考察する二つの道

 明けましておめでとうございます。

 このシリーズでは前回は、「抵抗する」のシリーズの一つの系列として、一七世紀のイングランドの市民革命の思想について考察してきました。市民革命を担ったピューリタンたちの直面した問題とその隘路がどのようにして解決され、それがどのようにして現在のイギリスや日本の政治にまで伝達されてきたかということを、ホッブズとスピノザの思想を中心に考えてみました。

 今年は新しいシリーズに入って、「遊ぶ」というテーマを考えたいと思います。人間にとって遊ぶことは、働くことに劣らず重要な営みです。それは子供の「仕事」が基本的に「遊ぶ」ことであることからも明らかだろうと思います。ぼくたちは小さな子供の頃から遊びつつ、一人の成人としての人間になるために必要な準備をしてきたわけです。

 この遊びのテーマを考えるために、今回はこの問題をその審級別に考えるという方法をとってみたいと思います。一つのテーマを考えるための方法としては、大きく分けて歴史的に考察する方法と、審級に分けて考察する方法があります。歴史的に考える方法は、その概念がこれまで人類の歴史でたどってきた長い経歴を時間軸を追って、通時的に調べながら、現在のありかたを考える方法です。

 それには大きく分けて二つの道があります。一つは、その概念が指し示す事態、すなわち今回のテーマでは遊びという事態そのものが、原初の歴史から経過してきたさまざまな諸相を考察することです。古代のギリシアにおいて、あるいはマヤやインカにおいて、人間たちがどのように遊んできたかを歴史的に考察するわけです。第二の道は、遊びという概念が、哲学の歴史の中でたどってきた経歴を探る道です。たとえばソクラテス以前の哲学者たちは遊びというものをどう捉えたか、プラトンは、アリストテレスはどうか、そしてキリスト教の時代になってからどうかというふうに考えるのです。

 第二の審級別の考察は、歴史的な考察のように時間軸に切って通時的に考えるのではなく、現在という共時的な断面において、遊びというテーマが現れる諸相を考えるものです。たとえば言語という観点からはどうか、生物という観点からはどうか、社会という観点からはどうか、などという人間のさまざまな生き方を考察する審級ごとに、遊びというテーマを考えるのです。

 もちろんこの二つの方法はたがいに分離することはできません。歴史的な考察においても、その時代の切片における審級の違いは当然に考えるべきことであり、審級的な考察においても、その審級の内部での歴史的な諸相を忘れることはできません。ただ重点の置き方が違うのです。

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「日本語でみる「遊ぶ」の語義 その1」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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