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人間の文化の根底にある遊びの諸相(その1)「裁判とゲーム」

遊ぶ(12)

2014年3月27日(木)

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文化における遊びの根源性

 このように遊びは古代文明の頃から、宗教的な営みと不可分な形で、文化の中心的な要素として発達してきました。『ホモ・ルーデンス』の著作において人間の文化と遊びの一体性を強調しているホイジンガは、遊びが文化においてきわめて根源的な意味を占めるものであり、最初に遊びがあり、そこから文化が発生したというよりも、「文化が遊びの形式の中で発生し、最初は文化は遊ばれた」[1]とまで表現します。今回は、文化人類学と歴史学の視点を統合した文明論的な観点から、遊びについて考えてみましょう。

 彼は、人間のほとんどすべての活動は、最初は遊びとして生まれたとまで極言します。人間は食料を獲得するために狩りをします。これは生存のための活動です。しかし彼は狩りですら最初は遊びの形式をとったと考えるのです。狩りは多くの場合、複数の人々が協力して行います。この共同の活動を組織する原理が、もともとは遊びだったと考えるわけです。

 ピアジェの遊びの考察で、高度な遊びであるルールをもつ遊びについて、遊びのルールは他者との関係で生まれるとされていたことを思い出しましょう。こうしたルールは伝承されることが多いとしても、最初は自生的なものだったはずです。狩りの活動はこうした自生的なルールによって組織化され、それは最初は遊びという形式をとったとも考えられるのです。ホイジンガは「文化はその根源的段階においては遊びの性格をもち、遊びの形式と雰囲気の中で活動する」[2]と指摘しています。

 やがて文化が高度なものとなるにつれて、遊びはその姿を隠すようにみえますが、きっかけがあれば文化における遊びの根源性が姿をみせるようになります。「たとえ高度に発展した文化形式の中でも、遊びの衝動は沸き溢れるような力をもってふたたび勢いを取り戻し、個人も大衆も区別なく巨大な遊びの陶酔の中に巻き込んでしまう」[3]のです。

遊びにおける対立の重要性

 それはどうしてでしょうか。ホイジンガはとくに人間の文化が競争と対立の中から生まれてきたことに注目します。そしてこの競争と対立の関係はまた、遊びの営みをうみだす重要な要素でもありました。文化人類学の考察では、野生の民族の多くは、一つの種族うちにも対立形式が採用されていることを指摘しています。「種族は二つの対立する族外婚の支族または兄弟団に分かれる」[4]のです。たとえば南洋のトロブリアンド諸島のオマラカナ族を研究したマリノウスキーによリますと、この種族の村落は「同心円をなす二つの円環状に配置されている」[5]といいます。

 そしてこの中心と周辺の二つの部分は中心が聖、周辺が俗という原理的な対立に支配されているだけではなく、生活のさまざまな局面で対立がみられます。中心では料理することができず、煮炊きすることができるのは周辺の部分だけです。結婚したカップルは中心から排除され、中心に独身者だけが住みます。中心の部分は男性の場所とされ、周辺の道路は女性の場所と名付けられます。

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「人間の文化の根底にある遊びの諸相(その1)「裁判とゲーム」」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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中村 克己 元ルノー副社長、前カルソニックカンセイ会長