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遊びの第二の機能 社会への統合(2)

遊ぶ(21)

2014年5月29日(木)

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学習としての遊戯

 このように子供たちは、社会の中でまだ一人前の成人としての地位を占めていない中途半端な地位にあるために遊ぶのです。それにはすでに考察してきたように、二重の意味があります。一つは、まだ社会の中に完全に溶け込んでいないために、大人とは違って、聖なるものに触れても、汚れることが少ないということです。

 かつての共同体においては、聖なるものの領域と日常の領域は明確に分離されていました。日常性のうちで、聖なるものに触れることは大きな汚れをもたらし、共同体の内部に害を持ち込みます。聖なるものに接触するためには、そのための時と場所を弁える必要があったのです。

 ところが子供という存在は、まだ中途半端であるために、こうした聖なる領域に触れても、それほど汚れることがないと思われたのです。そうした行為によって子供自身にとってもそれほど害がなく、また共同体にも害をもたらすことがないと考えられたわけです。柳田がおままごとを子供にさせたのは、「子どもはまた触穢の忌に対して成人ほどには敏感でないと考えられて、特に接待係りの任に当たったものと思われる」[1]と語るのはその意味においてです。

 第二に子供はこうした遊戯を通じて、共同体の風習を学び、青年の段階に近付きます。こうした遊戯は子供たちを共同体のうちに根付かせ、学習させ、大人の仲間入りをするために役立つのです。すでに引用しましたように、「共同の仕事には、もともと青年の役が多く、以前の青年はことに子どもから近かった。故に一二、三歳にもなると、子どもはもはやそろそろ若者入りの支度をする。一方はまたできるだけ早く、そういう仕事は年下の者に渡そうとしたのである」[2]というのはそのためです。子供たちは共同体のために特別な役割をはたしつつも、その子供という特権的な地位を離れて、共同体の一人前の成員になるためにも、遊戯によって学習する必要があるというわけです。

学習としての遊戯

 この二番目の考え方は、子供の遊戯は将来の大人としての役割を担うための学習のためであるというものであり、これは古代のギリシア以来、非常に一般的なものでした。子供たちがどのような遊びが好きかどうかを見定めて、子供たちの将来を占い、その道に進ませるという意図もあったでしょう。あるいは大工の子は大工にというふうに、父親が子供に自分の仕事を学ばせるために、最初は遊戯のようにして、大工道具で遊ばせるということもあったようです。

 たとえばプラトンは『法律』において、子供は遊びながら大人の技術を模倣し、練習する必要があると、次のように主張しています。「なにごとにせよ、一つのことにすぐれた人物たらんとする者は、ほんの子供の頃から、そのことにそれぞれふさわしいもの(玩具)をもって遊戯をしたり、真面目なことをしたりして、その練習を積まなければならないのです。たとえばすぐれた農夫とかすぐれた建築家になろうとする者は、後者なら玩具の家を建てるなり、前者なら土に親しむなりして、遊ばなくてはなりません」[3]と語っているのです。

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「遊びの第二の機能 社会への統合(2)」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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松﨑 曉 良品計画社長