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「早稲田はうざくて、慶應はキモい」(C)津田大介氏

シーズン5 早稲田放浪編・第1回

2014年9月4日(木)

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 「人生の諸問題・放浪編」、小石川の次は、出ました!早稲田です。

 高田馬場駅前の日本一安い居酒屋、新橋の4分の1以下の値段で朝まで打てる雀荘、口を「へ」の字に結んだ大隈さんの銅像……と、なぜかおしゃれな要素に縁の薄い界隈。今もぬぐえぬワセダの匂いに、むせび泣く人も多いことでしょう。

(前回から読む

今日の早稲田歩きは、高田馬場から早稲田通りで大学に向かう、という王道ではなく、目白台から出発し、坂を下って早稲田を目指すという逆ルートです。

小田嶋:成り上がりじゃなくて、成り下がっていくルートですね。

:とにかく大学時代の合コンは、ランクに応じて、「高田馬場でいい」という時と、「これは目白じゃなきゃな」、という時があったんですよ。

小田嶋:馬場とは離れた場所でやらないといけない時があった。

:そうしないと、柔道部のやつとか、もういろいろなのが来ちゃって、訳が分からなくなっちゃう。目白での待ち合わせは気分として大事だったんだ。

大事な時の待ち合わせ場所だった「ドルフィン」。でも、「ここは高級だったので、お茶だけ」。女子からしたら、「何それ?」

(ということで今回は目白台で待ち合わせをして、「和敬塾」横の「幽霊坂」を下り、「新江戸川公園」「芭蕉庵」「椿山荘」に立ち寄って、「神田川」を渡った後に早稲田を目指しています)

「和敬塾」の隣の「幽霊坂」

「和敬塾」は男子専用の学生寮で、早稲田大学に入学した村上春樹さんも一時、入寮していたところ。『ノルウェイの森』のワタナベトオルが暮らした寮もここがモデルになっています。

:ここの坂はいいね。

昼もうっそうとした気配の坂は、その名も幽霊坂です。

小田嶋:今日は坂を下っているけれど、早稲田から来る時は、ここを上がるわけだよ。本女(日本女子大学)に彼女がいると、この坂を上って会いに行くことになる。そういうやつのことが、うらやましかった。

それは楽しそう。青春の「痛快ウキウキ通り」((C)小沢健二)ですね。

:本女に彼女がいればの話だけどね。

小田嶋:そう、いればの話だけど。

ただ、この坂は夜は歩いちゃいけない場所のような気がします。

小田嶋:そうね。昔は追いはぎが出ましたからね。

:昔って何年前のことだよ。

小田嶋:江戸時代だよ。

:昔過ぎるじゃないか。

コメント7件コメント/レビュー

90年代後半の三田卒ですが、当時慶應で贅沢な学生生活を送っていたのは塾高、女子高上がりの内部進学者が中心でした。多くの学生は地方からの上京組や受験勉強で青春時代を台無しにしたようなタイプで、想像していた以上に貧乏で地味だった記憶があります。もっとも、西川りゅうじんのマニュアル本が売れるような時代だったのでテニサーにも入りましたしそれなりに遊びましたが……。(2014/09/09)

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「「早稲田はうざくて、慶應はキモい」(C)津田大介氏」の著者

岡 康道

岡 康道(おか・やすみち)

クリエイティブ・ディレクター

1956年生まれ。佐賀県嬉野市出身。80年早稲田大学法学部卒。同年、電通に営業として入社。85年にクリエーティブ局へ異動。99年7月クリエーティブエージェンシー「TUGBOAT」を設立。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

小田嶋 隆

小田嶋 隆(おだじま・たかし)

コラムニスト

1956年生まれ。東京・赤羽出身。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。1年ほどで退社後、紆余曲折を経てテクニカルライターとなり、現在はひきこもり系コラムニストとして活躍中。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

清野 由美

清野 由美(きよの・ゆみ)

ジャーナリスト

1960年生まれ。82年東京女子大学卒業後、草思社編集部勤務、英国留学を経て、トレンド情報誌創刊に参加。「世界を股にかけた地を這う取材」の経験を積み、91年にフリーランスに転じる。2017年、慶應義塾大学SDM研究科修士課程修了。英ケンブリッジ大学客員研究員。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

90年代後半の三田卒ですが、当時慶應で贅沢な学生生活を送っていたのは塾高、女子高上がりの内部進学者が中心でした。多くの学生は地方からの上京組や受験勉強で青春時代を台無しにしたようなタイプで、想像していた以上に貧乏で地味だった記憶があります。もっとも、西川りゅうじんのマニュアル本が売れるような時代だったのでテニサーにも入りましたしそれなりに遊びましたが……。(2014/09/09)

久方ぶりの続きなのに出し惜しみしないで欲しい(w続きがえらく気になってしまって。。。(2014/09/06)

息子が慶應義塾(学内者は決して「慶応」と略さない)に入った際に確か学校から「福翁自伝」をもらったような。慶應義塾の特徴は何と言っても「三田会」の結束力、東大はお互いがライバルで足の引っ張り合いをしますが、ここは組織優先。そういう印象を持ちました。(2014/09/05)

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三品 和広 神戸大学教授