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「少年事件は楽に数字を取れる」が招いたこと

ジャーナリスト・池上彰氏×『謝るなら、いつでもおいで』著者・川名壮志氏

  • 外薗 祐理子

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2015年3月6日(金)

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 相次ぐ「少年事件(この場合の少年とは、「満20歳に満たない者」を意味する)」が注目を集めている。川崎市で中学1年生を殺害した容疑で神奈川県警は先月末、少年3人を逮捕した。今年1月、名古屋市の女性殺害事件で大学生が逮捕され、昨年7月には長崎県佐世保市で高校生が同級生を殺害する事件が起きた。

 2014年4月には改正少年法が成立し、少年事件は厳罰化の方向にある。しかし実は、少年による凶悪犯罪の件数は劇的に減っている。

 少年事件はなぜ大々的に報じられるのか。加害少年の「心の闇」とは一体何か。

 NHK「週刊こどもニュース」の「初代お父さん」を務めたジャーナリスト・池上彰氏と、2004年の佐世保小6同級生殺害事件を描いたノンフィクション『謝るなら、いつでもおいで』(集英社)の著者で毎日新聞記者の川名壮志氏が語り合う。

(対談は2月7日に実施した。構成は外薗 祐理子)

池上彰(いけがみ・あきら)氏
ジャーナリスト。1950年生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業後、NHK入局。社会部記者として経験を積んだ後、報道局記者主幹に。94年4月から11年間「週刊こどもニュース」のお父さん役として、様々なニュースを解説して人気に。2005年3月NHKを退局、フリージャーナリストとして、テレビ、新聞、雑誌、書籍など幅広いメディアで活躍中。2012年4月より、東京工業大学リベラルアーツセンター教授として東工大生に「教養」を教えている。(写真:稲垣純也、以下同)

池上:まずタイトルがいいなと思って、手にとりました。『謝るなら、いつでもおいで』。最初は被害者のお父さんの言葉だろうと思いました。事件当時、お父さんがテレビに出ていたけれど、取り乱している感じがあまりなくて、きちんと事件を受け止めていらっしゃる印象があったからです。「あのお父さんだったらこう言うかもしれない」と思って手に取ったんですが、読んでみたら「ああ、こっちか」という驚きがありました。

川名:最初にタネ明かししてしまうんですが、この言葉を発したのは、被害者の怜美(さとみ)ちゃんの3歳上のお兄ちゃんです。本の題字もお兄ちゃんに書いてもらいました。

池上:この本は2004年に起きた佐世保小6同級生殺害事件についてのノンフィクションです。事件の一報を聞いた時、私はとっさに「毎日新聞の記者は取材が大変だろうな」と思いました。被害者の父親である御手洗恭二さんが毎日新聞佐世保支局長だったからです。

川名壮志(かわな・そうじ)氏
毎日新聞記者。1975年長野県生まれ。2001年、早稲田大学法学部卒業後、毎日新聞社入社。初任地の長崎県佐世保支局で「佐世保小6同級生殺害事件」に遭遇する。被害者の女の子は、上司(佐世保支局長)の娘だった。事件から約10年にわたり取材を続け、佐世保支局を離れた後も、少年事件や犯罪被害者の取材にかかわる。警察回りや証券取引等監視委員会なども担当、現在は最高裁を足場に司法取材にも取り組む。

 私のNHKでの初任地は松江放送局で、次は広島県の呉通信部でした。呉通信部のメンバーは先輩1人と私の2人だけ。2階建て住宅の1階の土間が仕事場になっていて、通信部兼住宅に先輩が住んで、私はそこに通勤していました。暇なときには、夕方のニュース用の原稿を出してから、先輩のお子さんとキャッチボールをして遊んだものです。全国紙の小さな支局やNHKの通信部って、だいたいそういう造りなんですよね。

 毎日新聞の佐世保支局は、支局長と若い記者2人の合計3人。支局と同じ建物に支局長が住んで、記者が通っていました。「もし呉通信部時代の先輩のお子さんが犠牲になったら、自分はどんな気持ちがするだろう」と想像すると、とりわけ感情移入したんです。

川名:毎日新聞佐世保支局は2階が支局で、3階が支局長住宅です。お兄ちゃんは既に中学生だったから家に帰るとそのまま3階に上がるのですが、小学生の怜美ちゃんはまず2階の支局に上がってきて、ドアを開けて「ただいま」って言うんです。御手洗さん一家はお母さんを早くにガンで亡くしていて、父子家庭だったのもあると思います。御手洗さんが不在のとき、怜美ちゃんは支局の来客用ソファに寝転がって本を読んでいたりしました。

 自分の日常のなかにいた女の子が殺されてしまった。しかも、同級生の11歳の女の子に。僕はまだ入社4年目の記者でしたし、完全に固まってしまいました。

新聞記事では抜け落ちてしまうこと

池上:ある意味、川名さんも当事者ですよね。こういう本を出していいのか、という思いはありませんでしたか?

川名:事件後、僕は新聞記者として、被害者の遺族にも、加害者の家族にも、学校の先生にも何度も取材して、新聞記事はたくさん書いていました。だけど一方で、取材すればするほど、新聞記事の断片的な情報ではどうしても抜け落ちてしまうものがあることも痛感していました。

 ある程度まとまった形で伝えられたらとずっと思っていたけれど、池上さんが指摘するように、僕はあの事件を語るのに、マスコミという立場には徹しきれないんです。マスコミという立場を少し離れて語ろうと思ったときに、じゃあ僕が勝手に書いていいのだろうかという迷いはありました。迷いながら、取材は続けていたんです。

 お兄ちゃんに対しては、彼が20歳になったら取材をしようと決めていました。彼は怜美ちゃんと本当に仲が良かった。初めて取材した時にお兄ちゃんが語った言葉が「謝るなら、いつでもおいで」なんです。加害少女に向けたその言葉を聞いたとき、迷いが消えました。

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