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貝殻が鳴らす音楽

2015年4月10日(金)

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 今回は、純然たる身辺雑記を書こうと考えている。

 時事問題にからめて、それらしいコラムを書こうと思えば、できないことはない。作業効率の話をするなら、その種の時事コラムを制作することの方が手軽でもある。

 というのも、何十回となく手がけてきたティピカルなテーマについては、最小限の注力で結果をアウトプットする回路が既にカラダの中に出来上がっているからだ。職業的技巧というのは、およそそういうふうなものだ。

 でも、今回に限っては、沖縄の基地移転や家具販売会社の経営権の行方にはタッチせずに、自分の話をする。理由は、なにも、1日中病室の天井を見つめている人間が、時事を語らなくても良いのではなかろうかと思ったからだ。

 1日の大半を寝て暮らしている以上、1日中寝ている人間でなければ書けないことについて書いた方が自然だ。
 ネット上に散在しているテキストとの比較で考えても、そっち(「動かない人間が書いた原稿」ということ)の方が希少価値は高いだろう。

 ただ、身辺雑記と言っても、私の身辺には、入院患者のルーティンとしての日常が往来しているばかりで、特筆すべきイベントは起こらない。

 そんなわけなので、これから書く原稿の内容は、私の周辺で起こった出来事についてというよりは、私のアタマの中を行ったり来たりしている雑感を再現するカタチのものになると思う。

 それでもなお、私が、あえて「身辺雑記」を書く、という言い方をしたのは、コメント欄で、何度か「身辺雑記を書いてカネを貰えるなんて良いご身分ですね」というご指摘をいただいたことに対するリアクションと考えてもらって良い。

 なんというのか、原稿を書いて暮らしている人間の一人として、身辺雑記を低く見る読者が増えてきていることに、反発を覚えるのだ。

 あるタイプの読者にとって、「身辺雑記」は、啓発される情報を含んでおらず、ビジネスの現実に立脚していない点で、「ものの役に立たない」テキストの典型例であるのだろう。

 ビジネスや自己啓発のために有益な「ノウハウ」や「フレームワーク」や「ヒント」や「法則」や「ライフハック」が書かれていないと、「日経ビジネスオンライン」のような看板を掲げた場所に書く文章としては、失格だ、と、その種の読者はそういう経路でものを考えるわけだ。

 でも、私に言わせれば、登録無料のウェブマガジンの中に「答え」が書かれていると思っている時点で、その人間はビジネスパースンとしてはほぼ使いものにならない。

 もちろん、当ウェブマガジンの中に、役に立つ記事が無いわけではないし、目からウロコの落ちるタイプのテキストが皆無だというのでもない。
 ただ、文章を読む際の基本姿勢として、答えを探しに行くタイプの読み方は、根本的に間違っているぞ、ということだけは申し上げておきたいのだ。

 文章は、楽しむために読むものだ。

 楽しく読んで、面白く時間をツブせればそれで十分。そういう中で、結果として、後になって振り返ってみて、あの時に読んだあの文章は、自分の中でこんなふうに役立っていた、というケースがあるかもしれない。

 と、そういうお話なのであって、ページを開く前の段階から、何か役に立つことを取り入れるために本を読むみたいな態度は、明白な間違いではないのだとしても、人としてあさましいマナーだと思う。

 海辺を散歩していれば、きれいな貝殻を拾うことがあるかもしれない。それはそれで良い。貝殻は美しいものだし、拾った者は幸運に感謝するだろう。

 が、貝殻を拾うために海岸を歩く人間がビーチウォーカーの大半を占めるようになったのだとしたら、その砂浜はおしまいだ。海辺を散歩するという床しい習慣も永遠に意味を失うことになる。

コメント53件コメント/レビュー

「それって根拠あります?」「あなたの印象ですよね」と畳み掛けるのは、あまり見ていて気持ちのいいものではない。たとえ相手方の意見に賛同できないな、と思っていても。論破するのはいいのだが、論破してやったぞ→相手を貶めてやったぞ、となっていく流れが気持ち悪い。ていうか、身辺雑記を書いても原稿として成り立つからこそコラムニストになれてるんじゃないだろうか?文句つけている人とはそもそも立場が違うでしょ。芸能人なら「今日の晩飯おいしかった」程度の内容でもブログにコメントがわんさかつくように。そこまでの盲目的なファンじゃないにしても文章自体の味や内容を楽しみにしている人がいるから連載が続いているんじゃないか、とは思わないのかな?(2015/09/24 15:08)

「小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 ~世間に転がる意味不明」のバックナンバー

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「貝殻が鳴らす音楽」の著者

小田嶋 隆

小田嶋 隆(おだじま・たかし)

コラムニスト

1956年生まれ。東京・赤羽出身。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。1年ほどで退社後、紆余曲折を経てテクニカルライターとなり、現在はひきこもり系コラムニストとして活躍中。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

「それって根拠あります?」「あなたの印象ですよね」と畳み掛けるのは、あまり見ていて気持ちのいいものではない。たとえ相手方の意見に賛同できないな、と思っていても。論破するのはいいのだが、論破してやったぞ→相手を貶めてやったぞ、となっていく流れが気持ち悪い。ていうか、身辺雑記を書いても原稿として成り立つからこそコラムニストになれてるんじゃないだろうか?文句つけている人とはそもそも立場が違うでしょ。芸能人なら「今日の晩飯おいしかった」程度の内容でもブログにコメントがわんさかつくように。そこまでの盲目的なファンじゃないにしても文章自体の味や内容を楽しみにしている人がいるから連載が続いているんじゃないか、とは思わないのかな?(2015/09/24 15:08)

>どんなにキツいことでも、不自然なことでも、あるいはおいしいものでもまずいものでも、日々の習慣として与えられ続けていると、それらはみんな「あたりまえなもの」になるということだ。そして、われわれは、習慣化した対象に関しては、思考停止するようになる。 そうなんですよね。入院すると何故か要らない余計なものが多数、自分の周りにあった事に気付くんですよね。 しかも、無くなる事が苦にもならない。 また入院するのは嫌ですが、俗世を離れて見つめ直す機会は持ちたいものです。(2015/04/13)

物事は語られないところに真実が潜んでいます。たとえお見舞いであっても病院に行けば闘病中の人々を目の当たりにして一瞬なりとも健康について色々と考えるはずのに、このコラムは長期入院中でありながらそれに触れられていない。それは不覚にも生じた心境の変化を読者の前では強がって隠そうとしているからではありませんか。音楽を聞きたくなかったのも、食べ物の悪習慣を見直さざるを得なかったのも、理屈っぽい説明はそれをカムフラージュしているように感じました。(2015/04/13)

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