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宋文洲氏の靖国論を支持する

「沈黙」の戦後と「能弁」の軽さ

  • 寺山 正一

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2006年7月12日(水)

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 「産業夜話」というタイトルが物語る通り、企業や経営に絡む軽い話題を取り上げるのがこのコラムの趣旨である。しかし、今回ばかりはその趣旨を曲げて、先週、宋文洲氏が提起された靖国神社に対する意見を検証してみたい。

 あくまでも私見だが、筆者は宋氏の靖国論を支持する。靖国神社に隣接する「遊就館」を初めて訪れた時に、自分自身、宋氏と同じ違和感を抱かざるを得なかったからだ。

特攻隊員が残した3本の“末期の短剣”

 海軍の士官だった祖父が戦後半世紀にわたって守り続けた沈黙に対し、遊就館が醸し出す能弁は、筆者の目にはあまりにも対極にある“軽さ”の象徴としか映らなかった。

 終戦時、37歳の若き海軍中佐だった祖父は、92歳で亡くなる直前まで4本の短剣を手元に置いていた。1本は海軍兵学校、機関学校で成績優秀者に天皇陛下から授与された「恩賜の短剣」で、残りの3本は、出撃する特攻隊員に手渡していた「末期の短剣」だった。

 神風特別攻撃隊の隊員は、飛行機の故障などで不時着を余儀なくされた場合、機密保持のために乗機に火をつけて、生きて捕囚となる辱めを受けないために、この短剣で自害することを求められていた。そう聞いている。

 3本の短剣は、今で言う工作道具に入っている木柄の小刀のような質素なもので、絹の袋から取り出すと、「八紘一宇」「一撃必殺」といったそれぞれ別の一筆が記してあった。

 「この字は?」と聞くと、「海軍大臣が直筆で書かれたものだ。そう訓示して特攻隊員に手渡していたんや」と祖父は教えてくれた。しかし、3本の筆跡は明らかに異なっている。「筆跡が違うよね。誰か別の人が書いて海軍大臣直筆だと伝えていたんじゃないの」と問いかけると、「うん、そうかもしらんなあ」と一言だけ答え、後は黙して語らなかった。

死にゆく者さえ騙した国家へのやるせなさ

 夏がめぐり、靖国参拝が取り沙汰されるようになると、必ずと言っていいほどこの短いやり取りが脳裏に蘇ってくる。国家というものは、これから死にゆく者に対してさえ、こんな見え透いた嘘を述べたてていたのか、というある種のやるせなさ。一方で、もしかしたら祖父自身がその「一筆」の筆者だったのかもしれない。

 中国の古典を愛読し、英独2カ国語を理解した祖父は、日英同盟の時代に英国流の士官教育を受け、ラグビー部の主将を務めていたのだから、「鬼畜米英」などというスローガンを信じていたとは到底思えない。存命中にかつての「敵国」だった米英中に対する軽々しい批判や雑言は全く口にしなかった。

 一方で、根っからの親米英論者かといえば、それもまた当てはまらない複雑な心情を持っていた。戦後、クリスチャンだった祖母が「一度でいいから一緒に教会に行こう」と誘うのを頑なに拒み続け、祖母が先に天に召されてから後、贖罪ででもあったかのように86歳で受洗を決意した。その受洗の意味も、短剣を手元に置いていた理由も、自らがかかわった戦争への思いも、今となってはもはや確かめようもない。

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