「宋文洲の傍目八目」

逃げることは、決して負けではない

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2006年11月9日(木)

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 ヒットした映画の続編は、だいたいがっかりするものが多いものです。前回のコラム(いじめが自殺につながる日本の「空気」)が好評だったからといって続編を書くものではないと思いますが、日経ビジネスオンラインの編集部からの要望もあって、皆さんともう少しいじめと自殺の議論を広げたいと思います。

 コメントも読ませていただきました。200件を超えたコメントはどれも素晴らしいコラムだと思いました。ご自分の辛い体験談や人間愛を込めた感想に思わず涙を我慢できなくなった時もありました。

逃げて成功した友人の話

 僕のコラムを知った友人が僕に教えました。「実は昔、自分が会社を辞めたきっかけは社内のいじめだった」と。彼は30代の時に勤めた大企業を辞め、転職して起業のきっかけをつかみ、最近、上場も果たしました。「有能な上司が社内のいじめに遭い、自殺した。それを見て辞める決心をした」とその友人は僕に話してくれました。彼は最初の職場から逃げることで、ビジネスの成功と幸福な人生をつかみました。

 自殺は子供の問題だけではありません。日本では毎年3万人もの自殺者がいます。自殺はあくまでも不幸の氷山の一角です。自殺までいかなくても、体と心の健康を害しながら生き地獄のような日々を送っている方々の数はそれの何十倍、何百倍もいるでしょう。

 これだけ経済的に豊かになり、社会福祉も諸外国と比べても充実した国なのに、幸福感が得られず苦しさにまみれて、自ら死に至る日本人がいるのはなぜでしょうか。

 戦後の焼け野原から世界第2位の経済大国になったのは、日本人が必死になって“頑張ってきた”からというのに、異論を唱える人は少ないはずです。日本人に限らず世界の人が、勤勉に努力してきた日本人に対して敬意を払っています。“頑張って”豊かな社会を作ってきたにもかわらず、その社会に希望を見いだすことができずに死を選ぶ人が増えているというのは皮肉としか言いようがありません。

逃げることで生き抜き、強くなる

 また自分のことで恐縮ですが、僕は幼い頃に母に抱かれて北朝鮮の国境に逃げました。秘境に逃げないと文化大革命の荒波に飲み込まれるからです。月の光を借りて凍りついた鴨緑河を歩いていると母が滑って転倒し、僕は投げ出されました。僕の泣き声を追って母が見つけたのは、漁師が魚釣りのために開けた氷の穴から数センチのところでした。

 5年後、政変の嵐はとうとう北朝鮮との国境にもやってきました。家族で汗水を流して建てた家と開墾した農地、そして親しくなった隣人を捨ててまた逃げました。この時、僕は母に抱かれてではなく、自分の足で歩いていました。列車に乗る時には、5年間も家族同様に過ごしてきた犬を一緒に乗せることはできず、胸を切り裂かれる思いで大好きな犬を隣人に預けました。

 別れ際、犬に抱きつき泣いていた姉の姿は今も忘れられません。逃亡先に着いた時、隣人の手紙も届きました。「お宅の犬は空になった家の玄関に座っています。来る人にはもう吼えませんが、餌を与えても食べてくれません。痩せこけているのでどうしたらいいですか」

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著者プロフィール

宋 文洲(そう・ぶんしゅう)
ソフトブレーン
マネージメント・アドバイザー

そう・ぶんしゅう

1963年6月中国山東省生まれ。84年中国・東北大学を卒業後、日本に国費留学する。90年北海道大学大学院工学研究科を修了。天安門事件で帰国を断念し、日本で就職したが、勤務先が倒産。92年ソフト販売会社のソフトブレーンを創業し、代表取締役社長に就任、99年2月代表取締役会長に。2000年12月に東証マザーズ上場、2005年6月に東証1部上場を果たす。2006年1月代表権を返上し取締役会長に、同年8月31日、「もう1人の社長」「陰の実力者にならない」として、取締役会長を辞任し、マネージメント・アドバイザーに就任する。(写真:川口 愛)



このコラムについて

宋文洲の傍目八目

日本人が意外と気づかない視点を、『ここが変だよ日本の管理職』『やっぱり変だよ日本の営業』などの著書でおなじみのソフトブレーンのマネージメント・アドバイザーである宋文洲氏が独特の切り口で紹介します。

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